第5章 黄昏エスケープ〔千歳千里〕
「久しぶりたいね」
「ね。また少し焼けた?」
「かもしれんたい。今日はどぎゃんしたと?」
「駅前の本屋さんに来たの」
他愛もない会話をしながら見上げた千歳の整った顔が、いつもより近いような気がして。
ヒールの高いサンダルを履いているからだと気がついたのは、彼の方が私の私服を気にしたからだった。
「制服のときとえらい雰囲気の違うけん、一瞬人違いかち思ったばってん」
「あれ、そう? 私はすぐ千歳だってわかったけどな」
「目立っとった?」
「うん、すごく」
「あちゃー、悪かこつできんたいね」
そう言って笑った千歳。
喉の奥まで日焼けしそうなくらい、豪快で。
見ている私までつられてしまいそうな。
千歳はまたちらりと、路線図に視線を投げた。
「どっか行くの?」
「ああ、ふらっとどっか行くかち思っとったばい」
「決めてないんだ、行き先」
「決めとらんよ」
「…ねえ、私も行ってみたい。どっか、どっか遠く」
そんなことを口走ってしまったのは、やれ受験だやれ夏期講習だって当の本人である私よりも神経質な親や塾の先生に嫌気がさしていたからかもしれない。
あるいは夏休み特有の開放的な気分のせいだったかもしれないし、またあるいは千歳とこのまま別れるのが嫌だったからかもしれない。
授業をサボるときも、千歳が誰かと連れ立っている印象はまったくないのだけれど。
千歳は少し驚いた顔をして、すぐに「ん、よかよ」と笑った。
「はぐれると困るけんね」と言って私の手を取って、改札へ歩き出した。
ごつごつと節くれ立った千歳の手は、私の手をすっぽり包んでしまうくらい大きかった。