第5章 黄昏エスケープ〔千歳千里〕
「…あ」
夏休み、本屋からの帰り道。
駅の人ごみの中から、頭ひとつ抜けた後ろ姿を見つけた。
千歳だ。
見間違いようがない。
夕方の帰宅ラッシュの波に逆らうように、切符売り場の前で立ち止まっていた。
路線図を眺めているらしかった。
春に転校してきた千歳は、授業の半分以上をサボってしまう変わった人。
席替えで一度、千歳が私の前になったことがあった。
彼が授業に出るときは、大きな背中で黒板が見えないから、ノートを取るのに苦労した。
文句を言ったことは一度もないのに、授業が終わるたびに振り返って「見えんかったろ? すまんたいね」と謝ってくれて。
何度か話すうちに、千歳なりに背中を丸めて小さくなってくれていることがわかって、笑ってしまった。
彼の人懐っこい笑顔と素朴な九州弁は、クラスや人付き合いが嫌でサボっているわけではないのだと教えてくれているような気がして、安心した。
サボってどこへ行っているのかと尋ねたら「行くところは毎日違うとよ、風に聞いて決めるったい」なんて、絵本に出てくる旅人みたいなことを言って。
板書が見えないのは不便だったけれど、千歳がいないのはなんとなく寂しかった。
人の流れに乗って、残り数メートルのところまで近づいたとき、視線がぶつかって。
「おお」と少し驚いたように笑った千歳は、そのまま人波に押されて通り過ぎてしまいそうになった私の腕を掴んだ。
「ありがと、ごめん。偶然だね」と言いながら立ち止まって向き合うと、お互いの体温が感じられるくらいに距離が近くて。
千歳が波に背を向けて私を守ってくれているようで、どきりとした。