第3章 スイッチガール〔渡邊オサム〕
「なんで俺がここに誘ったか、わかるか?」
私は黙って首を横に振る。
オサムちゃんのグラスの中で、氷がカランと鳴った。
「ずっと二人で会いたいて思っとったんやで」
「………」
「でも制服着とるんを、担任でもない教師が連れ出したらさすがにあかんやろ」
「………」
「さっきすれ違ったときはほんま驚いたわ。こんな偶然あるんかて」
「………」
「しかもの私服、変装レベルやしな。これなら誰にもバレんで歩ける思てん」
「………」
「気持ちは同じやんな? …」
オサムちゃんの表情にもやがかかって、とうとう見えなくなった。
煙草は、話している間にオサムちゃんが消してしまったから、煙じゃない。
涙だと気がついたときには、テーブルにぽたぽたと雫が落ちていた。
薄暗い店内、壁際の席を選んでくれた彼に、心底感謝した。
ひとしきり泣いたら、ホットコーヒーはすっかり冷めていた。
泣くことはもちろん想定していなかったけれど、アイラインもマスカラもウォータープルーフだったから、化粧はまったく落ちなかった。
喫茶店を出て、少し離れた駐車場まで歩いていたら、オサムちゃんから手を繋いでくれて。
ついさっきまでは触れられないと諦めていたはずだったのに、こんなにも嬉しいなんて。
大嫌いだったはずの夏休みが、一気に特別なものになった。
あと十日間のうち、どれだけ一緒にいられるだろう。
わくわくしている自分に気がついて、やっぱり私はとても現金だなと思った。