第3章 スイッチガール〔渡邊オサム〕
「? やんな?」
射抜かれたように声が出なくて、とりあえず頷いた。
どうしてこんなに大事なときに、私の口は何も言わないのだろう。
役立たずにも程がある。
「学校んときとずいぶん雰囲気変わるんやなぁ、一瞬わからへんかったわ」
「…そう、ですか?」
にっと笑ったオサムちゃんを見て、やっと言葉が出てきた。
もう少しかわいい言い方ができればよかった、と後悔したけれど、もう遅い。
彼を迷わせたのは、化粧のことなのか、マキシワンピースのことなのかはわからなかった。
「えらい大人っぽいわ。さてはこれからデートかぁ?」
「ちッ、違いますよ!」
「ほー。ほなら、俺とデートするか?」
「……え」
「嫌やっちゅーんか? うわー、オサムちゃん傷つくわー」
「や、違、そんなこと言ってない…」
「おお、決まりやな。行くで」
コーヒーでも飲もか、なんて言いながら、オサムちゃんはさっさと階段を登り始めた。
急な展開についていくのが精一杯だったけれど、とりあえずこれからオサムちゃんとお茶するらしいということだけは理解した。
急いで追いかけて、鼻歌でも歌いだしそうなオサムちゃんの隣に並んで歩く。
腕がほんの少し触れて、心臓が跳ねた。
私とオサムちゃんの接点が、こんなところにあったなんて。
現金だけれど、何も買い物しなかったから無駄足だなんて決めつけるもんじゃないなと思った。
オサムちゃんが扉を開けたレトロな喫茶店は、薄暗かった。
私がさっきまでいたカフェの、ちょうど向かい側。
今どきここまで分煙していない店も珍しいなと思うくらい、数組のお客さんがそこかしこで煙草をふかしていた。