第13章 約束(3)
俺の服を掴む両手が小さく震える。
その震えは、俺が彼女の口内を、歯の裏側を1つ1つ確かめるように舌で辿っていくたびに大きくなり、また、徐々に俺の左腕に身体を委ねるようにもなっていく。
自分の腕の中に彼女が“落ちてくる”ような感覚。
軽いとは言い難い、その重さが「これは現実のことだ」とどこか非現実さを感じている自分に強く認識させる。
すると、俺の中の征服欲と支配欲とが熱く疼き、彼女の身体をさらに抱き寄せさせたりもした。
…何分間の口付けだったのか、自分ではわからなかった。
唾液の交じり合う音を、離れる唇にかかる荒い息遣いで終わらせた。
瞼を上げて天海を見つめると、彼女も睫毛を震わせてちょうど俺を覗いてきた。
近い距離で見つめあうのは、あのカラオケでの1件以来か。
ただ、あの時と異なり、天海の瞳は熱を帯び、少し潤んでいた。
今まで見てきた表情のどれとも異なり初めて目にするそれは…煽情的で美しい。
「天海…」
空いた右手で彼女の頬にかかった髪を耳にかける。
触れた刹那に天海が揺れた。
「んっ…牛島くんっ…」
昨日のことを思い出しながら、もう1度、耳朶に触れて唇を寄せる。
「好きだ」
返事はない。
その代わり、俺のジャージを掴む手に力が込められたのがわかった。
「好きだ――ありさ」
その立ち居振る舞いも言動も、新しい一面を知るたびに惹かれて、好きだと自覚していた。
そこが到達点だと思っていた。
それ以上はないと思っていた。
…違った。
持って生まれた才だと多くが称する俺の力の、その陰をも見ていた天海。
“若利くんには『頑張れ』じゃないと思ったの。頑張ってるでしょ、いつも”
“それは全部“結果”であって、そこに至るまでの積み重ねがあって出来上がったものだよね…今さら『頑張って』は必要ないと思ったんだ”
――初めてだ…あんな風に言われたのは。
あの射貫くようなまっすぐな目で、最初からすべてを見ていた。
目に見えるところ以外も彼女は捉えていた。
「お前が好きだ」
どう伝えていいかわからない。
どう伝えるべきかわからない。
この感情を、伝えたいのに、どうすればいいのかわからない。
好きなのだ、彼女が。
出会った時よりも。
唇を奪った時よりも。
昨日よりも――
好きなのだ。