第13章 約束(3)
「若利くん、なに、どうしたの!?」
急に腕を掴んだ上に何も言わずに歩き出した俺に、天海の、説明を求める声がかかる。
俺はそれでも何も言わずに、彼女を連れ、エレベーターホールの脇、扉が開かれたままの部屋に入った。
長机と椅子が規則正しく並んでいる…会議室か。
扉は開いていたが室内は消灯しており、人の気配はもちろんなかった。
その部屋の扉の真横、壁に、天海を押し付けた。
「痛っ」
力づくで無理矢理押し付けたわけではない。
だが、性急さが表立ってしまったために、気遣うことはしなかった。
「すまん」
詫びて、俺は見上げる彼女の瞳に近づいていく。
「牛島くん⁉︎」
「ここならば人はいない」
昨日の注意事項を守ったことを伝えて、彼女の眼鏡を外した。
置き場所もないそれを彼女の胸元に挿しながら、俺は唇を掬って口付ける。
赤い、艶やかな、形の良い唇を。
その柔らかさを確かめ、小さく詰まらせた吐息も感じ取る。
「…うし、じま…くん」
甘い――こぼれ落ちた甘い言葉。
その甘さを欲して唇をまた重ねる。
部屋の外からは、ホールを行き交う多くの雑多な声が響いてくる。
同じ建物の中だが、自分たちとはどこか別の世界の気がした。
ここだけは、特別な空間のように思えた。
天海が、唇を離す。
止めていたのか、震える息が漏れた。
それすらも俺のものにしたくて、俺は逃がさずに唇を奪う。
そして、開いていた唇の隙間から、舌を挿し入れた。
明らかに驚いて身を引く天海の舌先を自分のそれで撫で上げる。
同時に、左の手を彼女の腰と壁の間に入れ、身体ごと抱き寄せる。
――この衝動がどこから来ているのか、今の俺にはわからない。
ただただ、欲しいと思った。
そのすべてを。
言葉も吐息も声も…得られるものは何もかも。
目の前にいる。
手の届く場所にいる。
また明日になれば、いいや、あと数時間もすれば、また、触れることのできないところに行ってしまう。
だから、今、この瞬間に、全部が欲しいと思った。
「…んっ…」
尖らせた舌で彼女の舌を確かめる。
ぬめるような感触。
氷よりも温かくザラついた感触。
絡め取り、その裏側をも舐めあげる。
「んっ、んっ」
くぐもった声を上げて、天海が俺の胸元に当てた両手でジャージをぎゅっと掴んだ。