第13章 約束(3)
「天海」
俺は上目遣いにこちらを見つめる彼女の名前を改まって呼ぶ。
目を瞬かせて、天海が「なに?」と聞いてきた。
「昨日の、及川と岩泉に言ったことだが…」
「…あぁ、エール交換みたいな気持ちで『楽しみにしてます』って言っちゃった。ごめんなさい」
「いや。そこの話ではない」
正直、天海がそんな台詞を口にしていたことを忘れていたが、そこまでは触れずに彼女の言を否定する。
「最後に言っていただろう――頑張ってください、と。あれはどういう意味だ?」
「どういう意味、って…?」
質問の意図がわからないのか、戸惑った声が返ってくる。
「そのままの意味なんだけど…そっちが不快だった?」
「いや、不快に思いなどしなかった。そういう話ではない」
俺は首を横に振る。
どう伝えたものか。
難しいと思いながら、俺は、インターハイの時のことを引き合いに出すことにする。
「天海、覚えているか。インターハイで最初に会った時のことを」
「最初?」
「俺に、次の試合を勝ってくれ、と命令した時の話だ」
「…あぁ、あの時の…うん、もちろん覚えてるよ。…命令じゃなかったけど…」
天海が少しだけ遠い目をする。
彼女なりに何か思い出しているのだろう。
「あの時、お前は俺に『頑張れ』とは言わなかった。…なぜだ?」
「えっ⁉︎」
意外な問いかけだったのか。
天海が数秒間言葉に詰まってから俺を仰ぎ見つめた。
「なぜ、って…上手く説明できるかわからないんだけど。私ね、実力を100%以上出さなきゃならない時であれば『頑張れ』って声をかけるのは妥当だと思ってる。でも、実力を100%出せれば問題なし、実力を100%出せるかどうかが争点って時は『頑張れ』じゃない気がしてるのね。それと…若利くんには『頑張れ』じゃないと思ったの」
天海が、綺麗な形の唇を緩めて、綺麗に微笑んでみせる。
「頑張ってるでしょ、いつも。私が好きなあなたの綺麗なフォームも、周りが優位だと言ってた左打ちも、それは全部“結果”であって、そこに至るまでの積み重ねがあって出来上がったものだよね。…今さら『頑張って』は必要ないと思ったんだ」
俺は、唇を結んで彼女の言葉を胸の内で咀嚼する。
その果てに、何か言うのではなく、細い腕を取って彼女をそこから連れ出した。