第3章 夏の思い出(2)
インターハイ2日目。
実施された本戦1回戦と2回戦、俺たちはそのどちらも危なげなく勝利を収めた。
トーナメントは実力のみが物を言うわけではない。
がしかし、少なくとも、運だけでは勝ち進めはしない。うちも含め、どの山も前評判の高いところが順当に駒を進めた。
そう、想定どおりの流れだった…試合に関しては。
思いもかけない出来事が起きたのは、2回戦終了後、明日の対戦相手を見るために揃って客席に移動した時だった。
「――川西くん」
澄んだ、でもどこか張り詰めた声が俺たち全員の耳に届いた。
階段から客席へと入りかけていた川西が「えっ、はい」と慌てながら振り返る。
声は階段の上、ロビーに出入りする通路から。
川西に釣られて同じ方を見やり…俺は、そこにいた人物に目を見張る。
“彼女”だ。
白い半袖に緑のスカート。
制服姿なのだろうが、今日はジャケットも着ていなければ緑のネクタイもしていないので少し雰囲気が異なって見える。
そもそも、会場の暑さを考えれば昨日のジャケット姿の方が珍しかったのだと今になって気付いた。
異なっているのは、他に、髪型。
高く1つに結っている。
凛々しいな…そんな風に思った。
「若利」
真後ろの席の瀬見も彼女に気づいたようで、身を乗り出してこちらに声をかけてきた。
「あれ、昨日の…」
「あぁ」
頷くと、声を潜めた瀬見がさらに言う。
「行かなくていいのか?」
「…?」
「なんか揉めてるっぽくないか?」
顎と目線で瀬見が彼女を指し示し、俺に行動を促す。
そうしている間にも、他の部員たちは何事もなかったかのように着座し始めていた。川西も、呼ばれたのが同姓の別人だと理解して席に着いている。
「あれ、どう見てもなんか迷惑してるって」
言われて遠目に見やる。
確かに、すぐ近くのジャージ姿の男と話しているが、一見して穏やかな感じでは無い。
そう思っていた矢先、
「待てよ、天海!」
と、場に、鋭い男の声が響いた。
コート上のアップの音や応援の声を一瞬切り裂くほどの声質に、“現場”に近い俺たちのブロックの人間は余さず振り返る。
「若利」
瀬見が俺の名を呼んだ。
が、それよりも早く、俺は席を立っていた。
「大平」
「ん?」
「すぐ戻る」
隣の大平に言い置いて、俺は、なぜか、階段を上っていった。