第2章 夏の思い出(1)
「コクられてないってのはわかったけど、な…」
口を閉ざした俺に対して、斜め後ろから山形が話しを繋ぐ。
俺は視線だけを山形に飛ばす。
「これ以上、話すこともないと思うが?」
「そうなのか?」
「若利くん、相手のコの名前とか聞かなかったの?」
それは天童の盲点をついた質問。
話らしい話をした覚えがないが、名前は言われていた。
なぜか忘れていた。
「学校名と学年、それから名前を告げられた」
「なっ⁉︎」
「ちょっ⁉︎」
「マジか⁉︎」
山形、天童、瀬見が三者三様の反応を示す。
言葉は異なるが予め打ち合わせたかのようなタイミングだったことに、率直にすごいなと思う。
「学校名は? 今日、対戦したとこか?」
「いや」
「それより年デショー。…同学? 上? 下?」
「1つ上だ」
「相手は若利くんのこと知ってた?」
「あぁ。呼び止められた」
「…若利くんさー、それ、そこからが本番、告られる予定だったんじゃない?」
「俺も天童に同じく。瀬見が大罪人説を支持する」
「ぐっ…」
言葉を飲み込んだ瀬見に対して、2列前の添川がこちらを振り返る。
「瀬見は呼びに行っただけだから責められる謂れはないだろう」
俺の言いたかったことを冷静にフォローしてくれた。
聞いていたのかいないのか、なおも3人は俺を置き去りに、
「明日会場に来るかね」
「いたとしてもわからなくないか?」
「瀬見、お前顔見てるんだから見つけたら言えよ」
と賑々しく話し出す。
騒がしいと注意した添川の横で、大平だけは俺の目を見て静かな口調で言った。
「若利、あいつらが調子乗る前に迷惑なら迷惑って言った方がいいぞ」
首を縦に振り、俺は、意味はわからないまでも盛り上がる仲間たちを横目で見やっていると、視界の隅で白布が口を開いた。
「牛島さん、その人から試合については何か言われなかったんですか?」
割り込まれた質問に皆が一斉に口を噤む。
(言われたこと、か…)
記憶の表層部にまだ留まり続けている彼女の台詞。
“明日も試合――勝ってください”
俺は立ち止まって適切な言葉を探す。
あれは、応援ではない。
激励などでもない。
——思いつく言葉は1つ。
「…命令、だな」
「はい?」
その場にいた全員が俺と同じように立ち止まる。
合宿所の入口、様子を見ていたコーチから矢のような叱責が飛んできたのだった。