第12章 約束(2)
「…っ」
片目を瞑るように眇めて、天海が短く息を詰まらせる。
俺はその様子を凝視しながら問うた。
「まだ痛むか?」
「少しだけ。どっちかっていうと、くすぐったい」
そうか、と返して俺は今よりもほんの少し力を抜いて湿布の上を再び撫でた。
「ちょっ…牛島くん…くすぐったい…」
天海が俺の指を目で追う。
自分の行うことに逐一反応する彼女に、俺はこれはどうだろうかと、頬に手を添えてから気になっていた人差し指の先――天海の耳朶を、その輪郭を、なぞってみた。
「…んっ…」
天海が、鼻にかかった声を上げた。
両目を瞬間的に瞑って、首を竦めるように小さく震えて。
彼女は、しかし、すぐさま目を開けて、その双眸に驚きの色を湛えた状態で俺を見つめ返してきた。
「う、牛島くん…!」
「ん?」
「な、なにするの⁉︎」
酔っ払った暴漢の前ですから毅然と佇んでいた天海が、奇妙なほどに混乱しながら尋ね聞いてくる。
見ている傍から目元が、頬が、鼻先が、耳が…つまりは顔全体が朱に染まってきた。
俺は、頬に添えた手を離して額に当てる。
「天海、顔が赤い」
指先が感じる温もりは彼女の急激な変化について明確な答えを寄こしては来なかった。
…そもそも、俺はこんな風に他人の額に手を当てて熱の有無を確かめたことなど未だかつてない。
発熱していたとして、わかるはずがないなと胸の内では結論が出る。
「か、顔が赤いのは! 牛島くんのせいです!」
言って、天海が俺の手を引き剥がした。
「天海?」
「皆が見ているところで…!」
皆とは…?
俺は周囲に目を向ける。
気にしていなかったが、俺たちの周りにそれなりの数のギャラリーがいた。そのほとんどが、目が合う前に視線を逃したが。
そのギャラリーを掻き分けてこちらにやってくる男を偶然にも目に留める。
岩泉だ。
「そういうの、恥ずかしいから人前ではやめてください…!」
天海の声に引っ張られて、俺は視線を戻す。
顔を真っ赤にし、大きな目を丸くして、必死に話す彼女。
――及川の「可愛い」という言葉が浮かんだ。
「わかった」
答えながら、俺は誓うように天海に伝えた。
「次からは必ず周囲を確認しよう」