第11章 約束(1)
及川たちが立ち去るのを見届けてから、俺は改めて天海を見やる。
「大丈夫か、天海」
「あっ…うん」
返事をしてから天海は、俺と俺の半歩後ろにいる天童へ視線を運んだ。
自分が興味の対象となっていることに気づいた天童は、口元を楽しげに歪めて笑う。
「初めてじゃないけどハジメマシテ! 若利くんのチームメイトの瀬見です!」
「天童だ」
俺は間髪入れずに天童の誤りを質した。
天童が「バラすの早い!」と叫んだ。
天海は俺たちのやりとりが落ち着いたところで挨拶に入る。
「天海です。初めまして。牛島くんからお噂はかねがね」
「お噂⁉︎ 若利くん、何話してるの?」
天童の質問には天海が答える。
「ブロックのこととか、それから…」
「それから?」
「私のことを名前で呼んでることとか」
天海の唇が弧を描いた。
俺は傍らで、形の良い唇だな、と、話とはまったく別のことを思う。
今の距離で凝視したことはなかったが、肌の白さを際立たせるような、かと言ってくどくはない赤さと、ほんの少しの光沢が艶やかな唇だ。
胸の奥で、小さなさざ波が立つ。
「んじゃ、英太くん騙ってもバレバレだった?」
「ですね。天童さん、ずっと牛島くんに『天童』とも呼ばれてましたし」
「残念!」
「…話に聞いていたとおり面白い方ですね、天童さん」
「えっ、そう⁉︎ ねぇねぇ、若利くん、聞いた、俺の評価!」
身体を前後に揺すりながら天童が俺へ水を向ける。
俺は目線だけを天童へ転じた。
「聞いてなかった」
「…彼女に見惚れてましたか、そうですか」
「よくわかったな」
「そりゃまぁ、顔の向きとか考えれば、ねぇ」
言いながら、急に天童が言葉を切る。
そして、おもむろに言う。
「英太くんじゃないけど、話してるとこっちが照れる」
全然そんな素振りは見えないと言及しようとしたところで、俺は持ってきた携帯が震えていることに気づいた。
ポケットから取り出してみると「大平」の名前が。
俺は顔を上げる。
「大平からだ」
「あちゃー、呼び出し? 獅音、空気読めてない!」
電話に出てみると、天童の読みどおり、大平から「どこにいる?」との呼び出し。
俺は事情説明は後に回し、戻ることを約束した。
天海とは試合後に落ち合う約束も、もちろん、した。