第11章 約束(1)
彼女。
その単語に、及川が真顔で首を傾げた。
「…誰が? 誰の? 彼女?」
「だーかーら。ありさちゃ……天海さんが、若利くんの彼女」
「…はぁっ⁉︎」
ショックを受けたような表情に、及川の横で岩泉が怪訝そうにする。
「…おい。話がまったく読めねーぞ」
それは俺も同じだったので「あぁ」と頷く。
対して、及川は俺たちの言葉などまるで聞こえていないかのように、目を丸くして俺を見ながら独り言を呟き始めた。
「あんな可愛い子が⁉︎ なんで⁉︎ はぁっ⁉︎ なんで牛若と付き合ってるわけ⁉︎」
天童がニヤけた顔をして「パニくってる」と客観的な事実をおかしそうに評した。
不思議なことに、まるで決められていたかのように、及川が混乱しているこのタイミングで、医務室の扉が開いて中から天海が出てきた。
頬に小さい湿布のようなものを貼り付けた天海は、青城の2人を見ながら口を開く。
「引率の方が、中で少し落ち着かせてから今日は帰宅させると仰ってました。――あの、何か…?」
凛とした面持ちで仕事をこなすように話をする天海を、及川たちは穴が開くほどじっくり凝視する。
その無遠慮なまでの視線に何か感じたらしい天海が、俺にこの場の雰囲気の説明を求めた。
「牛島くん?」
「驚いてるんだって」
天童が先に答えた。
「ありさちゃんが若利くんの彼女だって知って混乱中」
「えっ…」
話題の中心が自分だと知った天海は、言葉を失って静かに顔を伏せる。
今の今まで堂々としていたのが嘘のような、照れのような恥じらいのような気配を纏って。
「クッソ、可愛い…」
及川の呟きが耳に入った。
俺は、自然と及川へ目を向けた。
あちらも気づいて俺を見た。
「…女の子に現を抜かしてる暇とかあんの、牛若」
「お前に言われたくはないな、及川」
岩泉が、及川を庇い立てずに「まったくだ」と賛同した。
「岩ちゃん、どっちの味方⁉︎」
「どっちの味方でもねーよ。ほら、用事済んだなら戻るぞ。長居してると先輩にド突かれるかんな」
話はこれで終わりとばかりに、岩泉はジャージのポケットへ両手を突っ込んで踵を返す。
仕方なしに及川は岩泉の後を追ったが、不意に立ち止まり、振り返るや否や、
「彼女の前で絶対負かす!」
と言い残していった。