第11章 約束(1)
しゃくり上げている生徒の背をさすりながら、天海は、男と対峙していた時とは別人の表情で言葉を掛けている。
その彼女に及川が気安く声をかけた。
「うちの生徒、守ってくれてありがとね」
高く結った髪――天童に教えてもらった、あれは「ポニテ」というものだ――を揺らして天海が及川へ向き直った。
「同じ学校の方ですか?」
畏まった質問に、及川も口調に改める。
「青葉城西バレー部の及川といいます。後で、応援の引率者が来ると思います」
「天海です。…彼女、打たれた拍子に口の中と端を切ったようです。医務室に連れて行きましょうか?」
「いや、そこまでは…。というか、君も殴られてたけれど…」
言って、及川が手を伸ばし――彼女の頬に触れる。
「大丈夫?」
「…っ」
「及川」
及川の指が天海の頬骨をなぞるのと、天海が痛みを感じたのか少し目を細めたのと、俺が及川を制止させるべく呼んだのと…どれがどの順番で起こったのかはわからなかった。
側で見てもそれとわかるほどに驚いて、及川が振り返る。
「…牛島?」
珍しくまともな呼び方。
俺はそれよりも及川の右手が気になる。
「及川…その手を退けろ」
飾らない本音が自分で思っていたよりも低めの音程で口から飛び出す。
事態が飲み込めない及川の手は、状況を把握した天海がやんわりと剥いでみせた。
「牛島くん」
「…天海、何があった」
「それは、おいおい。及川さん、私は大丈夫ですので、まずは彼女のフォローを」
「えっ、あ、うん」
俺と顔を合わせたことで普段の調子に戻ったらしい及川が砕けた返事をする。
だが、そこで双方黙り込んだ。
天海は、そんな俺たちを等分に見た後、にっこりと笑った。
「彼女の、フォローを」
「さっすがありさちゃん。若利くんも及川も黙らせちゃうとはねー」
ここで、場にそぐわない空気を纏って俺たちの前に天童が姿を現した。
「天童」
「はいはい、天海さん、ね」
「…あー、白鳥沢の。いつも感じの悪いブロック、どーも」
「こちらこそ! いっつも感じの悪いセットアップ、どーも!」
「皆さん」
鍔迫り合いめいた言葉の応酬を、天海が止めた。
「私たち、2人で医務室に行くことにしましたので。その後でごゆっくりどーぞ」