第11章 約束(1)
「牛若ちゃん、おっはー」
広げた右手の5本の指をひらひらさせながら、相変わらずの軽い調子で及川が話しかけてくる。
俺は真正面から睨めあげる。
この食えない男のバレー技術は県内随一、いや全国レベルだ。
鷲匠監督ではなくとも、宮城で高校バレーというカテゴリに属する者ならば誰しもそれを認めるところだろう。
だが俺は、この男がどうにも好きになれない。
もっと正確に言うと――人畜無害なフリをしながら隙あらばいつでも喉元を噛み切ってやろうと砥いだ牙を隠し持つ、その抜け目なさが苛立ちと危機感を抱かせる。
「今年の国体も大活躍だったらしいねー」
「お前は今年も蹴ったのか、選抜の申し出を」
「ヒ・ミ・ツ。ま、どっちでも出る価値は感じなかったね!」
ヘラヘラと笑いながら、だがしかし、目だけは決して笑わずに及川は言う。
「おたくのチームに俺だけ入っての試合なんて、そんな補助パーツ交換みたいな使われ方はご免だよね」
見え隠れした矜持の強さに、俺は僅かに目を眇めた。
「全国レベルで経験を積める機会というのはそうそう無いはずだぞ、及川。お前は愚かなことに、その貴重な機会を潰した――去年に続いて、2度も」
「そう? 俺はそう思ってないね。ハイレベルな実戦であればあるほど、自分とベクトルの異なるチームでトス上げるなんて、合わない靴を履いて歩き回るようなもんでしょ。費やす時間に比べて得られるものはさほど多くない」
「さほど多くない? …お前の発言には根拠となるものがない」
「根拠?」
「1度でも俺たちのように全国で戦ってみるがいい。その結果を伴うまでは、お前の言葉はただの逃げ口上だ」
逃げ口上、という言葉に及川の顔が引きつる。
双眸の奥底から鋭利な光が覗く。
「…相変わらず言うねぇ」
及川が放つ剣呑な気配を俺は正面から受け止める。
この男に負けるつもりはない。
バレーのための最良の選択、それができる立場でいながらあえてその選択肢を捨てるという、自らがやるべきこと、やれることを為さない男に、負けるわけにはいかない。
「いつまで話してんだ、及川! 行くぞ!」
青城の、あれは主将だったか、見たことのある顔が及川を呼び戻す。
振り向いて「ちょっ、待ってくださいよー」と返すと、及川はもう1度俺を見据えた。
「じゃあ、明日の決勝で」
宣戦布告。
俺は無言を答えとした。