第10章 恋の季節(3)
「若利くんだって下の名前で呼べばいいじゃん!」
「仮に若利がそう呼んだとしても、天童、お前が同じように呼んでいい理由にもならんだろう」
大平がため息混じりに会話に入ってきては「ほら、練習始まるぞ」と先を促して体育館へ向かって行った。
俺は何も言わずに再度天童を一瞥してから大平の後を追う。
「…で、昨日の話題は俺と白布と、他には?」
後ろからやって来ていた白布が、自分の名前が出たからだろう、俺たちに追いついて「呼びましたか?」と尋ねてきた。
俺は片手を軽く挙げて何でもないことを示す。
「他に…天海から課題を出された」
「課題?」
瀬見が、目で、詳しく話せと言ってくる。
後で周りに聞こうと思っていた俺は渡りに舟とばかりに話を切り出した。
「次までにキスの技術を向上しておくように言われた」
最後まで言い切る前に瀬見が噴いた。
「…マジか」
「それ、牛島さんが曲解しているってことはないですか?」
白布までもが疑わしそうな目で俺を見てくる。
それそのままの言葉ではなかったが趣旨は異なっていなかったはずだと、俺は自信をもって白布に「それはない」と答える。
「…どう考えても冗談の類だろう」
「わっからないよー」
両手をいつものように頭の後ろで組んで、川西と並んで歩いてきた天童が笑う。
「若利くんのこの間のキスっていうが、ありさちゃんには――」
「天童」
「あーはいはい、天海さんね。――天海さんには物足りなかったっての、意外にあったのかもよー?」
俺は表情を変えずに天童の話を聞いてはいたが「物足りない」という単語には気を留めずにはおれなかった。
思わず、立ち止まって天童を注視する。
「…なに、若利くん」
「上手くなる方法を知っていたら教えてくれ、天童」
「若利、お前っ、何聞いてんだ!?」
「お前が知っているなら、瀬見、お前でもいい」
「知ってるわけないじゃん、英太くんが。聞くなら太一じゃない?」
「天童ッ!」
「俺を巻き込まないでください、天童さん」
「…川西はダメだ」
「なんで?」
「天海の元彼も“川西”だからだ」
「…理不尽な理由」
「氷で練習するといいらしいですよ」
俺たちは全員で一斉に白布を見た。
涼しい顔をした2年の正セッターは、向けられた視線に動じずに「飴もいいらしいですね」と淡々と言った。