第9章 恋の季節(2)
俺は焦る。
天海は出先だと言っていたが、どんな場所にいるのか、詳しいことは何も知らないからだ。
わかっているのは…おいそれと行ける距離ではないということだけ。
「具合が悪いのか、天海。誰か呼べ。周りにいないようならば電話を切る、助けを呼べ」
『違う違う違う! ちょっと待って、牛島くん! 具合悪くないから!』
俺よりも大きな焦燥感を伴った声が携帯を介して届く。
俺は、何1つ聞き漏らすまいと携帯に耳を押し付けながら彼女に尋ね訊く。
「大丈夫なのか?」
『大丈夫です…ご心配おけかしました…』
「俺の方は何も問題ないが…何かあったのか?」
『何かあったかと言われれば…私の人生において大変なことがありました』
「…天海?」
『ちょっと、すごく嬉しすぎて、どうしていいかわからない』
「嬉しい? どうしていいかわからない? …本当に大丈夫なのか?」
体調のことと彼女の言っていることが頭の中でつながらず、困惑する。
ややあって、電話の向こうで彼女が柔らかい声音で笑い、唐突に――
『牛島くん…あなたが好き』
予期せぬサーブのような告白。
俺は、真正面で受け切る。
「それはこの間聞いた」
『もう1度言いたかったの…言われて迷惑?』
「迷惑? なぜそんなことを聞く?」
『知りたいから』
専売特許を取られる。
上手い切り返しだと思うと、少しおかしくなって俺は笑う。
「迷惑などではない」
『本当に?』
「ああ」
そんなわけはない。
「…好きな人間に好きだと言われて迷惑な人間などいないだろう」
『好き…』
「さっきも言ったが、俺はお前のことが好きだ。信じろと言ったはずだが?」
『じゃあ、私に好きって言われて牛島くん、嬉しい?』
「そうだな」
『…えっと、今の私が、それです…嬉しいです』
わかりやすい説明だった。
自分の身に置き換えてもらい、実感できた。
「同じ、か」
感情が。
俺たちは、目の前に相手がいるわけではない。
だが、同じ想いを共有している。
『一緒だよ』
「天海…」
『…あ、ごめん。そろそろ戻らないと…ダメみたい』
俺は顔を上げる。
視界に時計が入ってきた。
出先だと言っていたことを思い起こす。
『牛島くん…』
別れの言葉の前に、彼女は俺を呼ぶ。
そして、強く言った。
『好きって言ってくれてありがとう』