第9章 恋の季節(2)
無言が続いた。
細やかな雑音は変わらずに聞こえてくる。電話が繋がっていることは確かだったので、俺は耳を澄ます。
『…苛立った』
ぽつりと天海の言葉。
『苛立ったって…』
「天海」
俺は、何をどう伝えるべきかを慎重に考える。
考えたが、適切な答えというものを見出せなかった。
“いざとなったら、ただひたすら、お前の気持ちを話すっきゃねーだろ”
山形の助言が背中を押してくる。
――いいから話せ、と。
「俺は、お前が好きだと言ってくれたことを嬉しく思っている。信じる・信じないという見方をしたことはない」
1度、区切る。
これは確かに俺の気持ちだ。
だが、伝えたいことは本当に「これ」か?
(…違う)
俺は再び目を細めた。
そうして一点を見つめるようにして、電話に、電話の向こうにいる天海に、意識を集中させる。
「天海。お前は一目惚れというのを信じるか?」
沈黙という名の空白の時間を経て、耳朶を打つのは温もりすら感じそうな彼女の声。
『…信じるよ。私がそうだもの』
「天海…俺は、お前に一目惚れをした」
俺の真実。
言わないまま来てしまった真実。
「最初にお前が話しかけてきたあの時に…あの時から…お前のことが気になっていた」
言葉にして伝えた途端、一気に腑に落ちた。
あの真っ直ぐな目で射抜かれて――
変わる表情に魅せられた。
姿を追いかけた。
会いたいと願った。
声を欲した。
触れたかった。
この感情を興味などという言葉では表現するのは生ぬるい。
これは、バレーに対する“もの”と同じだ。
向き合って、伝えないといけない真実。
「言うのが遅れた。俺もお前のことが好きだ、天海」
ふと、昨日、彼女が俯きながら俺に告げた言葉が頭の中で再生される。
“信じてもらえないかな…信じられないかな、いきなりの告白なんて”
今なら、その言葉も気持ちも良くわかる。
わかるから、俺は言う。
「突然の話で信じられないかもしれないが――俺を信じろ、天海。俺がお前の信頼を裏切ることは決してない」
返事は、すぐにはなかった。
壁時計の秒針が刻む音を数えもせずに聞き流して、俺は待つ。
待った末の彼女の言葉は、少し震えたものだった。
『…牛島くん…どうしよう、しゃがみこんだまま立てない…』