第8章 恋の季節(1)
手にしたドリンクを半分まで減らして、天海がテーブルに戻す。
「次の試合はね…」
急な話題の転換を俺は受け入れられない。
「…川西は中学時代からの知り合いだったのか?」
そんなことを聞いてどうする?
胸の奥底での自問。
俺はまたしても無視を決め込む。
「…ううん。高校に入ってから知り合った」
頭の中で、まだ幼さの残る、高校に入りたての天海を想像しようとした。
――できなかった。
できるはずがなかった。
知らないのだから。
私服姿でさえ、今日、初めて目にした。
(知っていることなど、数えるほどしかない)
名前と、年齢と、学校名と。
電話番号とメールアドレスと。
ほんの少しの学校生活と。
数えるほどのことしか、俺は知らない。
おそらく、向こうの川西は俺など足元にも及ばないほどたくさんの天海を知っている。
それは天海自身が生来持っている様々な面だけではなく、スコアの付け方のように、川西によって作り出された部分も含めて。
「牛島くん…もうこの話題、やめよう」
思いの外、はっきりと天海が言う。
そして、彼女は強固な意志を宿した瞳で俺を見据えた。
…川西も、こんな風に見上げられたことがあるのだろうか?
対戦したことなどない、1度しか顔を合わせたことのない、その顔ですらどんなものだったのか思い出せない男の影がちらちらと眼裏を過ぎって俺を苛立たせる。
「天海…」
テーブルに手をついて、天海との距離を縮める。
驚きと怯えとが混ざった表情を直視してから、何か言いかけた言葉を俺自身の唇で塞いだ。
柔らかな感触。
触れただけ。
それなのに、俺の中で何かが切り替わる。スイッチが入る。
首と長い髪との間に手を差し入れ、うなじを指で覆うようにして顔を上向かせ、離れたばかりの唇をもう1度吸う。
刹那の衝動の奥から征服欲が正体を現す。
俺だけを見ろ。
俺以外に囚われるな。
――俺がお前に対して“そう”であるように。
姿を見かけては目で追いかけた。
勝てと言われると胸に火が灯った。
掴んだ肩の小ささや腕の細さに手を離したくなくなった。
(俺は…お前の全てが欲しい)
立ち入れない過去から男の影を消し去って、全てを。
――はっきりと自覚した。
俺は、天海のことが、好きだ。