第8章 恋の季節(1)
目を開けると、天海も長い睫毛を震わせて同じように瞼を上げた。
細い首筋を支える指に力を入れると、薄く唇が開く。
誘われる感覚。
自分の中にある得体の知れないものが熱を帯びる。
「牛島くん…」
掠れた囁きに応えもせず唇を寄せて行く。
微かに潤んで揺れている瞳が近づき、そこに落とした自分の影を見出した瞬間…不意に蘇り邪魔をする男の幻影。
「天海…」
身に宿した熱はそのままに、俺は訊かずにはおれない。
「…川西のどこに惹かれた?」
俺の知らない天海。
お前は、川西と出会ってどこに惹かれた?
こんな風に、今の俺のように、相手の全てを欲しいと思ったのはいつだ?
そして、いつ、全てを手に入れた?
…いつ、その眼差しを、この唇を…お前の全てを、川西に与えた?
「…どうしてそんなことを聞くの?」
見つめる先、天海の大きな綺麗な瞳が歪む。
冷えた声音には確実に俺を責める色合い。
俺は、静かに返す。
「知りたいからだ」
天海は目を逸らした。
それから、俺の身体をそっと押し返す…彼女が俺から離れていく。
「…話したくない」
「なぜだ?」
「…そんなの…」
落ち着いた声に籠ったのは…怒気。
「…牛島くんのことが好きだからに決まってるじゃない…!」
逸らされていた眼差しが俺へとまた向けられた――苛烈さを伴って。
俺は、気圧される。
「なんで、好きな人にそんなことを言わないといけないの? 私、何か試されてるの?」
「違う」
否定の言を紡いだが、天海は俺にそれ以上しゃべらせなかった。
「…信じられない…?」
それは、一転してひどく弱々しい声音が紡いだ、悲鳴みたいな響きの言葉。
「私、牛島くんのことが好きなの、本当だよ? 川西くんのこと、昔の話だよ? 今、好きなのは牛島くんだよ?」
天海は俯く。
「信じてもらえないかな…信じられないかな、いきなりの告白なんて」
独りごちるように言って、彼女は「…ごめんなさい」と謝った。
その言葉を皮切りに、身を引いて立ち上がる。
傍らのバッグから財布を取り出し、テーブルの上にお金を置くと、俺とは目も合わせずに――
「帰ります」
部屋から出て行った。
震える声で、目元を拭って。
俺は無言で見送ってしまった。
どうすれば良いかわからずに。