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【HQ/R18】二月の恋のうた

第8章 恋の季節(1)


目を開けると、天海も長い睫毛を震わせて同じように瞼を上げた。

細い首筋を支える指に力を入れると、薄く唇が開く。

誘われる感覚。
自分の中にある得体の知れないものが熱を帯びる。

「牛島くん…」

掠れた囁きに応えもせず唇を寄せて行く。
微かに潤んで揺れている瞳が近づき、そこに落とした自分の影を見出した瞬間…不意に蘇り邪魔をする男の幻影。

「天海…」

身に宿した熱はそのままに、俺は訊かずにはおれない。

「…川西のどこに惹かれた?」

俺の知らない天海。
お前は、川西と出会ってどこに惹かれた?

こんな風に、今の俺のように、相手の全てを欲しいと思ったのはいつだ?

そして、いつ、全てを手に入れた?

…いつ、その眼差しを、この唇を…お前の全てを、川西に与えた?

「…どうしてそんなことを聞くの?」

見つめる先、天海の大きな綺麗な瞳が歪む。
冷えた声音には確実に俺を責める色合い。
俺は、静かに返す。

「知りたいからだ」

天海は目を逸らした。
それから、俺の身体をそっと押し返す…彼女が俺から離れていく。

「…話したくない」
「なぜだ?」
「…そんなの…」

落ち着いた声に籠ったのは…怒気。

「…牛島くんのことが好きだからに決まってるじゃない…!」

逸らされていた眼差しが俺へとまた向けられた――苛烈さを伴って。

俺は、気圧される。

「なんで、好きな人にそんなことを言わないといけないの? 私、何か試されてるの?」
「違う」

否定の言を紡いだが、天海は俺にそれ以上しゃべらせなかった。

「…信じられない…?」

それは、一転してひどく弱々しい声音が紡いだ、悲鳴みたいな響きの言葉。

「私、牛島くんのことが好きなの、本当だよ? 川西くんのこと、昔の話だよ? 今、好きなのは牛島くんだよ?」

天海は俯く。

「信じてもらえないかな…信じられないかな、いきなりの告白なんて」

独りごちるように言って、彼女は「…ごめんなさい」と謝った。
その言葉を皮切りに、身を引いて立ち上がる。
傍らのバッグから財布を取り出し、テーブルの上にお金を置くと、俺とは目も合わせずに――

「帰ります」

部屋から出て行った。
震える声で、目元を拭って。

俺は無言で見送ってしまった。
どうすれば良いかわからずに。
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