第8章 恋の季節(1)
なぜ隣に座ったのかはすぐに判明した。
彼女はバッグからA5サイズのクリアファイルを取り出し、そこに収まっていた、きっちり折り畳まれた紙をテーブルの上に広げた。
それは、バレーのスコアシートだった。
俺の目線に気づいた天海が微笑を返す。
「この試合の。後で一緒に渡すね」
「…スコア、付けられるのか?」
「うん、まぁ。…再生させるよ?」
頷くと、画面にコートが映し出される。
俺は意識をそちらに集中させる。
まずは国体の決勝戦。
会場でも観ていたが、こうして座って冷静にもう1度見返すと改めて気づくことも多い。
ビデオカメラの位置取りの関係から、何度か、プレイが見づらいシーンもあった。
その度に天海が映像を巻き戻し、一時停止をして自分が知っている情報を加えてくる。
俺たちは適度に会話を挟みながら1試合を1時間強で観終えた。
「ふぅ…やっぱり結構いい試合だったね。ちょっと、休む?」
「そうだな…天海」
「なに?」
「スコアの付け方、誰かに教わったのか?」
元・弓道部。
先日まで生徒会会長。
バレーをやっていた、あるいは、バレー部のマネージャーだった、という話は聞いていない。
スコアの付け方を知っているのは意外だった。
特別な技術が必要なわけではないから、独学で覚えることも無論可能だ。
だが、普通に試合を観るだけならば、そんなものを覚える必要はない。
普通に、観るだけならば。
「…あの“川西”に教わったのか?」
俺は、後輩と同じ名字というだけで今も覚えている、彼女の学校のバレー部員の名を挙げる。
天海は数秒間黙り込んだ。
その数秒間はどう話すかを思案していたらしい。
口を開いた時には、まったく揺れない言葉と視線が俺へと向けられた。
「そう。川西くんに」
言ってから、彼女は、運ばれてときよりも若干量が増えているドリンクを取ってストローに口をつけた。
俺は、どうでもいいことだと言い切る内なる声を押し切って話を続ける。
「…どのくらい付き合っていた?」
付き合っていたこと自体は、あの時の“乱入”で知っていた。
「丸2年くらい」
「…高校に入る前からか?」
「ううん…高校に入ってすぐの春から。…私、3年生だよ」
そう言われて、天海が1つ上だったことを思い出し、彼女の語る過去をより一層遠く感じた。