第8章 恋の季節(1)
先入観というのはすごい。
俺が見たことのある天海は常に制服姿だった。
だから、今日も同じような格好で来ることをイメージしていた。パンツ姿は意表を突かれたと言ってもいい。
天海は改札を出る途中で俺に気付き、携帯を肩掛けのバッグにしまいながらこちらにやって来た。
「ごめんなさい。もうちょっと早く来ようと思ったんだけど」
微妙に丁寧な言い回し。
天海は、電話の時も最初のうちはひどく丁寧に話してくる。
俺の方が年上なのではないかと思うくらいの口調だ。本人曰く「ちょっと…緊張しちゃって…」。
なぜ緊張するのかはわからない。
国体の時に天童が言っていた「初戦は緊張する」という一般論にどこか本質的に近い話のような気がして、とりあえずは深く追求しないことにした。
「俺もいま来たばかりだ」
答えて、天海を見やる。
彼女は、どこかぼんやりしながら俺を凝視していた。
「どうした?」
「…カッコいいな、って…」
うわ言のようにポツリと言って、言った瞬間に天海は目を丸くする。
自分で自分の発言に驚いた様子で。
「えっ、あの、あのね、ジャージ以外の格好を見るの初めてで…」
動揺しながら天海が顔を伏せた。
黒髪がさらりと流れて顔を隠す。彼女は慌てて自らの髪を一房、耳に掛けた。
現れた耳は一見してわかるほどの赤。
俺は、何も考えずに左手を伸ばして――彼女の右耳に触れた。
「…っ」
小さく震えて、天海が弾かれたように顔を上げる。
大きな目はさらに丸く。
…昔、幼い頃に見たウサギを思い出す。
「う、牛島くん⁉︎」
「すまん。耳が真っ赤で…気付いたら触っていた」
天海が唇を結ぶ。
耳どころか頬にも朱が差した。
「髪…俺は結っている姿が似合うと思ったが、今日の髪型も似合っているな」
「…牛島くん…」
「なんだ?」
「牛島くんって……似合うとか、そういうこと言うキャラだったの」
キャラ、という言葉を久しぶりに聞いた。
高校に上がりたての頃、天童や瀬見によく言われたものだ。
「キャラというのは自分ではよくわからんが…似合うというのは他の誰にも言ったことはない」
「ありがとう! もういいです、ごめんなさい!」
なぜか大声で謝って、天海がこの話にピリオドを打った。