第2章 夏の思い出(1)
「呼び止めて、その、ごめんなさい」
沈黙を破って、話し出したのは彼女から。
次いで、学校名と学年、それから天海ありさと自らを名乗る。
学年は1つ上。
学校名はピンと来ない…初戦の対戦校ではない。
「試合、見ました」
短い言葉。
元から用意していたのかどうかはわからないが、簡潔な物言いだ。
裏表の無さに対して率直に好感を覚える。
だが、「それで?」と問いたくなる自分がいた。
「…綺麗でした」
「フォームが…?」
よく人から言われる意味で取る。
口にした直後に、年上だったと思い起こしたが、敬語にするにはタイミングを逸していた。
彼女は、目を逸らさず頷いて、静かに微笑んだ。
「ずっと見ていたいと思いました」
…語り口調が穏やかだからか?
理由はわからないが、彼女の声は耳に心地良い。
煩わしさがない、と言い換えてもいいかもしれない。
凝視し続けていると、ここで初めて視線を外される。
やや伏し目がち、目を瞬かせるその姿に、彼女が紡いだ「綺麗」という単語がゆっくりと、水面に広がる波紋のように、ゆっくりと胸に浸透していく――。
そのままならば、ただの「新しい経験」で終わったかもしれない。
だが、この時の彼女は、
「あの、私」
と弾かれたように顔を上げた。
瞠目した。
向けられるその眼差しの強さに。
視線の強さに、何かの決意が漲っている。
異性に、そんな風に挑まれたことはなく――。
そうまでして何を言うのだろう。
俺は耳を傾けた。
ただ、俺に届いた声は彼女とは別のものだった。
「おい、若利! 遅っせーよ、先輩呼んで…」
自由な時間を打ち切る声音は、俺の背後から容赦なく。
瀬見だ。
顔だけで顧みると、強気が売りのセッターがやや強張った顔で佇んでいる。
試合中には見たことがない表情だ…今日は、珍しいことが続く。
「あの、牛島くん!」
雑踏に埋もれぬ声音に引っ張られて、俺は、もう1度だけ彼女の方を向く。
見上げる眼差しに決意は消えて、そこに在るのは1番最初の、純粋な光だけ。
呼び止めてごめんなさい。
台詞も最初に逆戻り。
残念と感じ、直後に俺は眉間を寄せる。
残念?
なぜ?
彼女は俺の変化に気づいたのだろうか。
小さなため息を落として、翳りを帯びた笑みを浮かべると最後に一言こう言った。
「明日も試合――勝ってください」