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【HQ/R18】二月の恋のうた

第2章 夏の思い出(1)


「あの…! 牛島若利くん!」

1階フロアへ向かう階段を降りようとした、まさにその時のことだった。
俺は歩みを止めて振り返る。声が聞こえてきた方向へ。

それなりに混み合ったロビー。
風景と化した多くの人が行き交う中に、“彼女”は、いた。

一見してわかる――知り合いではない。

目を眇める。
身についた習性か、身なりを確認する自分がいた。

見たことのない制服。
深緑色のネクタイ。
ベージュ色のジェケットの胸ポケットには特徴的なエンブレム。
おそらくは、宮城県外の高校。

(…県外?)

小さく首を傾げる。

声を掛けられるのには慣れている。
だが、宮城予選ならばまだしも、今日はインターハイ初日。しかもグループ予選を終えたばかり。
そんな早い段階で、他県の、見ず知らずの女生徒に、声をかけられたのは初めてのことだ。

「牛島くん、ですよね?」

黙り込んでいたせいで、再び尋ねられた。
首肯して、俺は彼女に歩み寄ることにした。
相手がどんな人物にしろ、今の距離は会話には適さない。

あとほんの数歩という距離にまで近づいて…俺は、我知らずに足を止める。

囚われたのだ――真っ直ぐな眼差しに。

まかり間違えば不躾でしかない、射貫くような眼差し。
今まで出会ったことのないほどひたむきで、真摯で誠実な2つの瞳が俺を凝視している。

誘う色も媚びる色もない。
求めることも望むこともなく、ただ、俺を見据えてくる瞳。

ふと。
脳裏を過ったのは、いつだったか、天童に言われた言葉。

“若利くんは、女の子が1人で声をかけるにはちょっとハードル高いんだよね。もうちょっとニコっとすればいいのにさー”

気にかけたことはなかったが、天童に指摘されて以来、気にしてみると…なるほど確かにその通りだった。

大抵は遠巻きに見られるが、殊、異性に限れば、その「眺める」距離からこちらに近づいてくる者自体が少ない。
向こうが1人で来ることなど、今まであっただろうか?

(初めて…かもしれないな)

彼女の揺らがない視線を受けながら、俺は思う。

ハードルを超えられたのだな、と。
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