第7章 ちいさい秋見つけた(3)
天童は目敏い。
天海は、俺たちがいるところから最も遠い場所にある観客席への出入口で話し込んでいた。
俺のところから見えるのは後ろ姿だけ。
よく似た背格好の別人と見えなくもないが、天海の隣にいる男性――あれは一昨日にも見た背広姿の男だ――とセットで考えると、やはりあそこに見えるのは天海で間違いないだろう。
「あのぉ、牛島さんって…」
俺の前に立つ女がやけに間延びした口調で話しかけてきた。
勿体ぶった言い方が気に障ったが、それより問題になったのは女の立ち位置だった。
女は、俺の視線が自分から逸れているのを察したようで、次の瞬間、身体半分横に移動した――そこは、俺と天海を結ぶ直線上。
見事なブロック。
「退け」
心の声が、何のフィルターも通さずに口から飛び出た。
言った自分でも衝撃を受けた一言だったが、聞いて欲しいはずの相手である目の前の女には届かなかったらしい。
「彼女いますかぁ?」と耳障りな高い声で俺の発言を見事に打ち消す。
俺は、舌打ちしたい気分を抑え、自分もまた1歩横へ。
再び目にした天海は…俺を見ていた。
彼女は、驚いた表情をしていた。
距離はそれなりにあるが、口元の動きははっきりと捉えられる。
牛島くん。
そう言った。
「あのぉ、彼女いないなら、私、牛島さんのこと好きなんで……付き合ってください!」
強襲のように、目の前からそんな言葉が打ち上げられる。
大きな声だったのか。
周囲が一斉にこちらを見た。
俺と目を合わせていた天海は、綻びかけていたその顔を遠目にもわかるくらい強張らせる。
――何と表していいかわからない危機感。
それは、試合中に時折感じるものに似ている。
俺は、自分の直感が動けと命じる声を聞いた。
「返事なんですが…」
「邪魔だ」
人の言葉を遮ることにここまで躊躇しなかったのは初めてかもしれない。
「退いてくれ」
有無を言わせぬ強さで言って、俺は女たちの横を通り抜ける。
「ごめんねー、若利くん、いつもはあんなんじゃないから」
後方で天童が俺の名前を出したが、振り向いたりはしない。
そんな時間さえ惜しいような気がして。
「あ、あとね、若利くん、彼女はいないけど彼女候補はいるから」
煩わしいはずの天童の台詞が、今は、ありがたかった。