第5章 ちいさい秋見つけた(1)
『えっと…牛島くん?』
控え目な問いかけに俺はよそ見していた意識を彼女…天海へと向ける。
「あぁ」
『…な、なんで⁉︎ ち、ちょっと待って、場所変え、痛っ、あの、ちょっとだけ待って!』
バタバタと激しい物音。
俺は携帯を少しだけ耳から離す。
随分と取り乱した様子だった。
先日…あの3日間では見たことのない一面だ。
こういう時はどんな表情をするのだろうかと、そんなことも考える。
あの大きな目は、きっと、驚いた時よりも、さらに大きく丸く見開かれているのだろう――。
『ご、ごめんなさい…お待たせしました』
待っていたのは1分にも満たない間だった。
少し乱れた呼吸を無理に整えながら、彼女は話しかけてきた。
「いや、こっちこそ、突然すまない」
『ちょうど、メールを書いて…あっ、さっき、メールを間違って途中送信しちゃったの。だから、初めから書き直していて…』
「それが聞きたくて電話した」
『えっ?』
「続きを知りたくて、電話した」
『…一言、続きは?の方が早くない?』
なるほど。頷ける。
「確かにそうだな。勉強になる」
『勉強…』
「そういえば、国体、出るらしいな」
昼の話題が自然と口に上った。
うん、と嬉しそうな返事が来た。
『なんか色々あってうちのメンバーだけで出るみたい。白鳥沢も出るんだよね』
「あぁ」
『牛島くんは出るの?』
「今のままなら、おそらくは」
『そっか…』
そこで天海は1度言葉を切った。
俺は、静かになってしまった彼女が気になり、耳を澄ます。
天海は、電話の向こう側で大きく深呼吸した。
『あのね、私、国体、応援に行くの』
「そうか…」
『牛島くん…会えるよね?』
会場が同じならば。
そう答えるつもりが、俺は別のことを口にしていた。
「あぁ。会えるはずだ」
『…楽しみにしてるね、国体』
言って、彼女は「ごめん、そろそろ…」と終わりを予告する。
時計を見やる。
まだ時間はあるのに、と自分の都合だけで思ってしまう。
『電話…驚いたけど、嬉しかった。ありがとう。おやすみなさい』
俺は、ほんの少し悩んだが、他に言葉が見つからないので同じように返した。
「おやすみ」
電話は向こうから切れ、俺は我知らず大きな息を吐き出す。
…メールの続きを聞いていないことに気づいたのは、寝る直前のことだった。