第5章 ちいさい秋見つけた(1)
俺は起き上がって、再度、画面を見つめる。
『メールありがとう』
自動返信の類ではない。
ちゃんとした彼女の“言葉”だ。
続きを知りたくて、メールを開封する。
『牛島くん』という呼びかけから始まる。
不思議なことに、文字を辿ると、忘れていたはずの…覚えてなどいないはずの声が脳内で再生された。
『メールをありがとう。
インターハイのこと、適切な言葉が見つからないのですが…
1つ言うとしたら
約束を叶えてくれるのは別の大会でも構いません。
私は、牛島くんの』
俺は画面を凝視する。
スクロールは出ていない。これが彼女からのメールの全て。
途中で終わっている。何度見返しても変わらない。
(俺の…?)
続きが気になる。
待てば次のメールが来るのだろうか?
(来る…のか?)
もしこの中途半端なメールの原因が俺の携帯にあるのだとしたら…続きは来ないかもしれない。そんな可能性も頭をもたげる。
――続きを聞けばいい。
何と書こうとしたのか、と。
聞いてしまえばいいのだ。簡単な話だ。
どんな文面にすればいいのか、そこが簡単な話ではないが。
(聞いてしまう…)
俺は、最も簡単な方法に気づいてベッドから降り立つ。
机へと向かい、引き出しから紙を取り出した。
1度、手のひらの中でくしゃくしゃにしてしまった紙。
そこに並べられた数字を押していく。
“牛島くん”
整った形の数字の向こう側から、また声が聞こえてくるような気がした。
そんなものは錯覚でしかない。
だが、その錯覚は、簡単に現実に変えられるような思いに囚われる。
耳に当てた携帯から流れ出るコール音。
4つ数えた後だった。
『もしもし…天海ですが…あの、どちら様でしょうか?』
硬い声音が耳朶に流れ込んできた。
警戒している声…そういえば、“川西”に話しかけていた時も、こんな風に、どこか鋭いような感じの声だったと記憶の底から光景が浮かび上がる。
『あの…もしもし?』
俺は、息を吸った。
「牛島だ」
電話の向こうで軽く息を飲む気配がした。
「突然、遅くに電話を済まない」
言ってから壁の時計を見やる。
時刻は9時。まだ消灯まで時間はある。
そこまで確認して俺は、自分がそんな大事なことをまったく考えずに電話を掛けていた事実に、自分自身で驚いた。