第5章 ちいさい秋見つけた(1)
期待、という単語に苦い思いが湧き出る。
優勝して下さいと言われて、俺は、そのつもりだと即答した。
だというのに――。
「…驕っていたつもりはない。が、向こうが…天海が…」
名前を口にすると、もうだいぶ時間が経つというのに、あの強い眼差しと、それが柔らかく笑んだことを思い出して、俺は、あの最後に会った日以来、時折過る懐かしさとは違う何かに胸を衝かれて言葉を見失いかける。
「…彼女が望んだ優勝という結果を提示できなかったことは、本当に申し訳なく思う」
「若利」
呼びかけに、俺は再度、大平へと顔を向ける。
天童や瀬見、山形と違って、大平は穏やかに笑っていた。
「それをそのまま彼女に伝えればいいんじゃないか?」
俺は、首をひねる。
「どうしてだ?」
「連絡先を聞いておいて何の連絡も来なければ、相手は却って心配したり困惑するだろう。自分の教えたものが間違っていたんじゃないか、って風に」
一理ある。
だが…。
「…優勝できなかった申し訳なさが先に立ってしまったとしても、それを言わなきゃ相手には伝わらんよ。約束を果たせずに申し訳ない。その一言だけでも、言っておいた方がいい」
「そんな言葉など欲していると思うか?」
必要なのは結果を伴った報告であって、謝罪などではないはずだ。
大平は「さて、どうだかな」と前置きしてから俺に問う。
「優勝以外の言葉は邪魔だ、必要ない……そんな風に言う人なのか、“天海”さんは」
唇を結んで、俺は思う。
彼女を。
正直、よくは知らない。会った時間など…交わした言葉など、数えるしかない。性格を把握するほどの関係ではない。
それでも。
(言わないだろうな)
「ウシワカ」と呼ばれた俺のことを、わざわざ「牛島くん」だと主張した彼女。
名前を、言葉を大事にしていた彼女が、人の送る言葉を、それがどんな類のものであったとしても、無下に扱うようには思えない。
「答え、出たようだな」
大平はそう言って、運んできた自分の昼食に手をつけ始めた。
話が一段落したと悟り、天童が隣の川西に「どうよ、太一」と巻き込むように水を向ける。
川西は、俺を見てしみじみと言った。
「そうっスね…俺、付き合うなら大平さんにしときます」