第31章 二月の恋のうた(2)
「若利くん…えっと、色々言いたいことがあるんだけどね、その前に、人前では――」
322号室。
移動して入るや否や、俺は天海の腕を掴んでこちらを振り向かせた。
そのまま先ほどの続きをしようとしたが、上手く行かなかった。
驚いたのか、足がもつれた天海がバランスを崩してソファに背中から倒れこみ、俺はその上に乗りかかりそうになったため咄嗟に壁に手をついて見下ろすだけの体勢で何とか留まった。
「痛ったぁ…」
「大丈夫か…?」
「うん…背中、ちょっと痛いけど平気…」
俺の顔の位置は天海の胸の上であるため、ズイッと身体をズラして上げて真っ正面から天海を見つめる。
ソファに仰向けになった天海は、俺の知っている天海でありながら、少し違っているようにも思えた。
――すぐに、広がる髪の長さがそう思わせているのだと気付いた。
「天海」
「はい?」
「髪を切ったのか」
見ればわかること、しかも知っていたことを問いかけてしまう。
天海は「あ、うん」と返事を寄越してから続けた。
「気持ちを切り替えようと思って…」
「そうか」
物理的な方法で半強制的に意識を変えるというのはタイムアウトに近いな、と考えつつ、俺は
「長い方がお前には似合っている」
と言った。
言ってから、これは違う、と改めて言い直す。
「俺は、長い方が好きだ」
白い肌に映える黒髪。
艶やかな長い髪が、俺の愛撫で、律動で、不規則に滑り落ち、乱れる、その様を目にするのが好きだ。
そこまで解説を加えようとしたが、天海が顔を赤くして「…はい」と返事をしたものだから、続きは不要となった。
「俺はお前が好きだ、天海」
代わりに、そのまま思っていることを告げる。
「お前を側に置きたい。俺の目の届くところ、触れることのできるところに。遠くではダメだ。側でなければダメだ。お前は俺にとって必要だ。お前がいないことでバレーにまで影響が出た。お前が…」
「ス、ストップ。若利くん、ストップ、待って、ストップ!」
俺を押し留めるように下から天海が手を伸ばしてくる。
その手を取り、手の平に口付けを落としてそろりと舐める。
「…ッ…」
息を詰めて小さく震えた姿に心臓が大きく脈打った。
「お前が、好きだ」
俺は、囁く。