第31章 二月の恋のうた(2)
俺たちはどちらともなく顔を見る。
それが聞き覚えのある声であったがゆえに。
「話、聞いてください!」
語尾が強い。充ちる抗議の響き。
俺と“後輩”は弾かれたようにエレベーター内のパネルを見る。
3階。間違いない。
ならば、この声も間違いない――天海だ。
俺は咄嗟にエレベーターの扉に手を掛け、外へ出た。“後輩”も続いてくる。
「5分だけだから」
「行きま、せん!」
「いいじゃん。部屋の奴、彼氏じゃないんでしょ」
彼女の声に被せられる浮ついた男の声。
真後ろで息を飲む気配。その意味を問う間もなく、俺は声がする方向へと動き出す。
心拍数は上がり、苛立ちに似たものが湧き上がってくる。
その感覚には身に覚えがあった。
春高予選の時に、仙台市体育館の西側ロビーで。
あるいは、全日本インカレの時に、会場の地下駐車場で。
同じ感覚に襲われた――今度こそは、との想いが脳裏をよぎる。
(天海…)
泣き顔が思い起こされる。
もう泣かせたりはしない。
衝動が思考と行動を支配したが、リミッターが外れる前に警告灯も点滅する。
これは、俺と天海、2人が恐れていた事態に繋がるかもしれない。
彼女の決意を踏みにじることになるかもしれない。
(それでも)
俺は、俺自身の気持ちに従い、天海の元へ駆けつけるという選択肢を選ぶ。
それが俺の選んだ“道”だ。
誰かに選ばされたわけではない。俺が、俺自身が、選び取ったものだ。
ならば――それが誤りであるわけがない。
結果がどんな形であろうとも。
そんな簡単な事実に、どうして気付かなかったのか?
“選ぶってのはな、腹ァ据えることだ”
鷲匠監督の言が蘇る。
結局は、俺も天海も「選ぶ」ことができていなかったのだ。
俺たちはどちらも、選んだフリをして、実のところ、選ぶ前に踵を返していただけだ。
だから、俺は面影を追っては夢にまで見た。
だから、彼女は忘れられないと陰で泣いていた。
きっちり自分の中で向き合い、答えを直視すれば、こんな遠回りはしなくて済んだのだろう。
“次に同じようなことが起こったときに、俺は天海を護れない…護らない”
言い切った過去の自分に告げる。
俺は天海を護る、と。
バレーを選び、そして――天海も選ぶ。
それが俺にとっての最善だ。