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【HQ/R18】二月の恋のうた

第31章 二月の恋のうた(2)


「会長…天海先輩、そろそろ帰るって言ってたんで、私、かなり冷や冷やしながら牛島さんを待ってたんですよ」
「…帰る?」

小走りと言えなくもない速度で歩き出した“後輩”の足跡を辿るように歩きつつ、気になった単語だけを拾う。
どうして俺が到着する時間がわかったのか?
その疑問は、ひとまず横へ置いた。

“後輩”の返答は早口、かつ、息継ぐ間もないほどの長さで。

「会長、カラオケに居ます。式が終わってから生徒会メンバーで移動したんですが、皆、バラバラと帰り始めてて。牛島さんが来るまでは粘れって命令を受けてたんで頑張って引き止めていたんですけど、それにしてもこの時間まで付き合わせちゃって申し訳ないな、とか思ってたんです。式で疲れてるだろうな、って。――あ、会長の答辞、ものすごーく感動モノでしたよ」

言い切ってから、“後輩”は小声で一言添える。

「…学校、辞めないで良かったです…」

何も言わずに聞き流す。
下手な相槌はすべきではないと思っていた。

“後輩”は、先ほどまでの話ぶりが嘘のように言葉を発することを控え、脇目も振らずに通りを進んでいく。
俺はその後を着いて行き、数分後にはカラオケボックスに着いていた。

入店し、まるで馴染みの客のように彼女は店員に軽く頭を下げ、店内奥にあるエレベーターに乗りこんだ。
もちろん、俺も続く。

「部屋、322です」

詳細な部屋番号を口にしてから、“後輩”は「3」を押下した。

「天海以外には誰が残っている?」
「書記…会長の代の書記先輩が。男性ですけど、会長とは何もありません」

思いもよらない告白に、考えるより先に眉間に皺が寄るのを自覚する。
それが顕著すぎたのか。
天海の“後輩”が小さく吹いた。

「何もありませんよ」
「なぜ言い切れる?」
「私の彼氏だからです」

2発目の爆弾に軽く目を見張ると、“後輩”は伏し目がちに微笑んだ。

「私を…待ってくれていた人です」

絶対的な信頼感が言葉の裏にある。
異論も反論も探せば見つかるだろうが、俺はただ「そうか」と答えた。

そのうちにエレベーターは「3」の表示を掲示して止まった。
柔い空気の中で、俺は珍しく大きく息を吸って肩の力を抜く。

「行きません!」

空気を裂くような尖った声が俺たちの耳に飛び込んできたのは、扉が開いたまさにその時だった。
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