第31章 二月の恋のうた(2)
2月最終日。
“先輩”が置いていった回数券を窓口で切符に変え、俺は東京行きの上り新幹線に乗車した。
平日のお昼前という、遠征であっても普段乗ることのない時間帯。
車内は閑散としていて、まばらな乗客のほとんどがスーツ姿のサラリーマンだ。学生と思しき者は、俺を除けば数列前に座っているカップルだけのようだった。
そのカップルの、弾んだ会話が、新幹線の周期的な振動に乗って耳に届いてくる。
――何を話そうか。
不意に、そんな想いが過ぎった。
天海を取り戻しに行くとバレー部の連中に宣言した結果、それは一晩のうちに上も下も関係なく白鳥沢学園男子バレー部全員が知る話となり、卒業式を翌日に控えた先輩たちからは
「俺らのことは忘れてしっかり決めてこい」
などと、妙な発破をかけられた。
天童には、出際に
「ちゃーんと『好き』って言ってきなよね、若利くん」
と念押しされたが、そんなことは言われるまでもなく天海に伝えるつもりでいる。
俺が天海をどう思っているか…俺にとって天海ありさという人間がどんな存在なのか。
それは当然伝えるとして…他に何を、どんなことを、どこから話そうか。
車窓に映る己に問いかける。
今まで何を話しただろうか。
夜毎の20分間の電話を振り返る。
顔を合わせた時の簡単な会話を思い起こす。
何を話そうか。
――突然の着信音は前方から流れてきた。
周期的な振動だけが耳につく閑散とした新幹線の中に散らばる華やかな音。
意識が釘付けになったのは、俺がその曲を知っていたからだ。
サビの途中で音は切れ、代わりに
「懐かしいな」
と限りなく潜められた声の感想を俺は聞く。
盗み聞きをするつもりはないはずだが、俺の意識は会話に集中していた。
「つーか、なんで今さら『八月』が着メロ」
「最近よく聴くから何となく」
「あー、それそれ。なんで最近またあんなに掛かってるん?」
「センバツ」
「はぁ?」
「センバツの行進曲。高校野球の行進曲になってんだって」
「そのチョイスおかしくねぇ? 真夏とか歌詞に入ってんじゃん」
「行進曲に歌詞ないし――」
段々と大きくなった声を止めるように別の場所から咳払いが聞こえ、会話が止まる。
再び静まり返った車内で、俺は目を閉じる。
――お前の好きな曲を聴いた。
そう話そうと思った。