第30章 二月の恋のうた(1)
部屋から出た瞬間に軽く目を見張った。
入室時に「廊下で待ってる」と言った天童と添川の他にも、大平、瀬見、山形が俺を待っていた。
いつかの時とは違い、男子バレー部2年が勢揃いしていたのだ。
「…監督、何だって?」
全員を代表するように聞いてきたのは瀬見。
その気遣わしげな表情に、瀬見の心配性な一面が出ていると思った。…が、見渡してみれば、全員がどこか緊迫した面持ちで俺を見ていた。
「大したことは言われていない」
そう言って、俺は扉を、その向こう側にいるであろう鷲匠監督へと視線を運ぶ。
“バレーに集中できる環境を自分で作れ”
“作れてねぇからこうして言ってんだ”
日常を共にしているチームメイトと異なり、練習でしか接していない人物からの指摘が意味するところは大きい。
練習中は天海のことなど忘れてバレーに取り組めていた、そう思っていたのは俺の錯覚か自己欺瞞か。
あるいは…齢70に達しながらもその手腕を買われ現役の指導者で在る名将の慧眼か。
“おめぇにとって最善を選択しろ”
最善とは何だろうか、と改めて己に問う。
バレーをしていくための最善。
“お前は俺の標だ”
――最後の日に天海へ告げた台詞が一条の光のごとく要らない思考と馬鹿げた言葉を一掃してたった1つの答えを照らし出す。
「…標は、見えるところになければ道に迷う」
「若利くん?」
独り言が聞こえたのだろう、天童が真意を問いたげに俺の名を呼ぶ。
再び身体の向きを変えて、俺はこの場において頼るべき男、大平に声を掛けた。
「頼みがある」
「頼み?」
「明日の卒業式後の先輩方との打ち合わせ、休むことにした」
急な申し出に目を丸くしたのは大平ではなく彼の右横の山形だった。
山形だけではなく瀬見と添川も唖然としている。それはそうだろう。どんな内容であっても部活に関して俺が休むことなどありえないのだから…今までは。
天童だけが面白そうに口端を緩めていた。
「バレー絡みのことは何でもきちんとこなす若利くんがお休み? なんで?」
俺は天童へ視線を移す。
「明日で2月が終わるからだ」
横たわる沈黙。
俺は、1拍置いて、補足する。
「天海を取り戻しに行く」
俺のチームメイトたちはどうも変わっているらしい。
彼らはその場で快哉を叫び、それぞれにガッツポーズをしたのだった。