第30章 二月の恋のうた(1)
鷲匠監督は饒舌な方ではない。
俺の提示した回答に対して正誤を明らかにせず、やや丸まった背を返して俺へと目を向けてきただけだった。
それ“だけ”だったのだが…深いくぼみに収まっている2つの瞳の鋭さに、俺は唇を引き結ぶ。
“若利くんはさー、緊張することってあるの?”
突如浮かんできた、天童からのかつての質問。
思い起こした理由は推すに容易い…いま、俺は、緊張しているのだ。
「その続きは覚えてるか?」
高めのキーが、目いっぱいの低さで問いかけを為す。
促され、記憶に問いかける。
――答えは即座に。
ただし、口内が乾いていることを自覚し、一旦、自らの舌で唇を湿らせてから。
「…お前が自分で選べ、と」
監督は小さく頷いた。
「選んだ結果が今のおめぇか?」
押し黙る…言われたことの意味を測りかねて。
狭い室内だ、訝る気配は時を待たずに監督に伝わったらしい。完全にこちらへ向き直った鷲匠監督の右眉が吊り上がった。
「おめぇは何のためにここに来た。それを考えて、選べ」
「選びました」
意識する前に反論が口を衝いて出た。
俺は選んでいる。
事件があった日に。
別れを受け入れた日に。
既に選んでいる。
存外に強い口調でそう主張したが、鷲匠監督は俺をじっと見つめるだけで「そうだな」とは言いそうもなかった。
…なぜ。
疑問が胸の内を埋め尽くす。
まるで光ひとつ無い闇の中に置かれたように、どこを向けばいいのか、何を探せばいいのか、それすらわからずに俺は佇み、惑う。
相手が監督でなければ
「言いたいことをさっさと言え」
と迫っていたかもしれない。
それほどに焦れた頃合いに、鷲匠監督が落ち着き払った声音で呟いた。
「おめぇはな、若利、バレーをしに来てるんだ」
既に何度となくお互いに確認した事項。
そこに、監督がこうも付け加える。
「バレーに集中できる環境を自分で作れ」
「作って――」
「作れてねぇからこうして言ってんだ」
一刀両断の言葉が俺の発言を問答無用に遮断する。
「おめぇにとって最善を選択しろ。…俺の言った“選べ”は“何かを捨てろ”と同義じゃねぇ」
静かな語り口が視界を開く。
気付かなかったコースを指し示すように。
「選ぶってのはな、腹ァ据えることだ。迷ってる様子が見れるうちは、選んだ気になってるだけでな、本当は選べてなんかいねぇんだよ」