第30章 二月の恋のうた(1)
俺はバレー部の主将だが、鷲匠監督と制服姿で話す機会は周りが思っているほどは、ない。
今回のように、心当たりがまったくない状況で呼び出されたのはおそらく初めてのことだ。
「忙しいとこ、すまんな」
部屋に入るなり、監督がそう詫びてきた。
他部の連中が言うには、運動部の監督で最も「見た目に反して鬼」なのが鷲匠監督らしい。あまり真に受けたことはないが、こうして構内で話をする時は、練習中や試合中、要するにコートサイドに立っている時とは違って穏やかなことはさすがに俺でもわかる。
…こちらを顧みた一瞬に見せた眼光の鋭さ、その点を除いては。
「とりあえず――」
「明後日の件ですか」
座れ、と命じた監督の声に会話のショートカットを試みた俺の声が運悪く被さる。
形として発言を遮ることとなったが、鷲匠監督は右の眉を僅かに釣り上げただけで、それ以上の言及は何もして来なかった。
――俺が口にした「明後日の件」とは、“送り出し”の事に他ならない。
“送り出し”の模擬試合は生徒会主催の行事であり、遊びの延長線上にあるようなものだ。
とはいえ、試合は試合だ。
重要な公式戦が間近に迫っている部活は「怪我でもしたら大変」と、試合ではなく別の形で執り行う場合もある。
男子バレー部に関しては、“送り出し”の内容を試合以外にしろと鷲匠監督から命じられたことはない。
だが、いまは大会を控えた時期だ。
部員に周知するべき注意喚起が多少なりともあり、そのために呼ばれたのではないか…それが、声を掛けられてからこの部屋に入室するまでに俺が導き出した推論だった。
しかしながら、その当ては、監督の
「それに関してはどうでもいい」
と断じる言葉によって外れた。
鷲匠監督は、それについては斎藤とよく話して怪我のないようにやれ、とコーチに一任していることを素っ気なく告げた。
「俺の話は別の事だ」
両手を後ろ手に組み、少し丸い背を俺に向け、鷲匠監督はカーテンで覆われた窓の方へと歩いて行く。
訝りつつも直立不動で「別の事」が話として出るのを待っていると、時間にして数十秒くらいか、やたらと長く感じる沈黙の後に監督が話を切り出した。
「若利、俺が12月に話したこと、おめぇはいまでも覚えてるか?」
12月――。
俺は、監督の背を凝視したまま口を開いた。
「…何のためにうちに来たのか、と」
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