第30章 二月の恋のうた(1)
(天海…)
夢など、醒めれば跡形もなく消えてしまうものだった。部活で掻いた汗と共に流れ消えて行くのが常だった。
天海の夢は、そんな風に消されることなど許さないとばかりに、繰り返される。
“若利くんより好き”
しなやかな裸体を俺以外の男に投じ、喘ぎ、乱れ、その男を好きだと叫ぶ天海。
男は、時に天童であり、瀬見や白布、川西、及川、岩泉であり、そして、時には俺の顔をした男であったことも。
蹂躙され、歓喜の声を上げる彼女の残影が、瞼を閉じれば鮮明に蘇る。
“若利くん、私が欲しい?”
残像からの問いかけに憤りに似た焦りをもって胸中で本音を語る。
――俺は、今も、お前が欲しい。欲しいに決まっている。
好きなのだ、今もなお。
抱きたくないわけがない。
別れても、元に戻るだけだと思っていた。
出会う前に戻るだけだと思っていた。
だが、違っていた。
大平の言うとおり、俺は自分を見誤っていた。
好きだという感情はゼロ地点に帰らない。それが無かった頃がどんなものだったかも、今はもう記憶にない。
少し考えればわかりそうなものだ。
天海は、バレー以外に初めて欲した存在。
同じくらいに欲したものがバレーだけならば…その前例からわかったはずなのだ。
手離せるわけなどないことが。
プラスだとかマイナスだとか、そんなことは関係ない。
あくまでも関係あるのだと言われるならば、俺はこう答えるべきだった。
お前がマイナスになるわけがない、と。
…あぁ、そうだ。
自分にとって必要なプレイヤーがたった1度のミスで「このチームには居られない」と言い出したようなものだ。
その1回は大きくマイナスだったかもしれない。敗因だったかもしれない。
だが、居なくなる方が十分にマイナスだ。
“先輩”や天童の言うとおりなのだ。
俺はなぜそのことに気づかなかったのか。
こうまで時間がかかってしまったのか。
2月が――終わる。
「なぁ、若利」
気遣わしげに声をかけてきたのは添川。
応えようと視線を向けたところで、
「若利」
背後から別の人間に名を呼ばれた。
俺は息を呑んだ。
いいや、俺だけではなく、添川と天童もそうだった。
「ちょっといいか」
男性にしては甲高い声音。
振り向けば、猫背気味に佇む鷲匠監督の姿がそこにあった。