第28章 片翼の鳥(4)
視界の隅にいる天童が長い人差し指を大平へ向けると「獅音、いいこと言ぅ!」と陽気な声を上げる。
大平はそんな天童を一瞥しては唇で緩い弧を描いて応え、その後、視線を俺へ戻すと言葉を継いだ。
「若利、何度か言ったように、俺はお前の選択に口を出すつもりはない。俺だけじゃなくてな、ここにいる天童や瀬見、山形に添川もそうだし、3年の先輩たちや1年の連中もそれは同じだ。だから、みんな黙ってお前を見てるんだけどな…全員がそろそろ痺れを切らしてる」
「痺れ?」
大平の目配せに天童と瀬見がそれぞれに同意の声を上げた。
気付く、という単語が気になり、俺は俺の“左腕”たる男を凝視した。
「…天海さんを連れ戻せよ、若利」
一瞬、それが大平の口から出てきた台詞だ認識できなかった。
人をけしかけるようなことは決して口にしない大平の、行動を促す言葉はまだ続く。
「天海さんの“先輩”や天童が今まで話していたとおりだ。お前が懸念しているように、天海さんはお前にとってマイナスになりうるかもしれない。でも、今の状態の方がお前にとってはマイナスだ」
「いいか、若利。お前にとってマイナスってことは、俺たちにとってもマイナスなんだよ」
瀬見が、想定外のことを言う。
「…瀬見…意味がわからん…」
「黙って聞いてろ。若利、お前な、天海さんと別れてからピリッピリしっぱなしだからな」
「ピリピリ?」
身に覚えのない単語に顔を顰めれば、瀬見が盛大にため息をついた。
「試合中みたいにいっつもピリッピリ。四六時中、そんな顰めっ面されて、見てる俺らがいい加減疲れる」
「天海の方は、ずっと気落ちしてるって話だよ」
背後で“先輩”が割り込む。
「まるで受験に落ちたみたいな顔してるって。…あ、天海は推薦通ったよ。それなのにそんな顔してるもんだから、うちの後輩連中も『気が滅入る』って、私ンとこに相談来た」
「ありさちゃんの“先輩”サン、もしかして今日はこっちに用事あったんじゃなくて若利くんに会いに来た…?」
俺は再び身体を“先輩”へと向けたが、彼女は天童に顔を向けて話していた。
「殴りに来た。話は、ついで。しっかし、天海と牛島クンは似た者同士だね。1つずつ紐解いて話さないと納得しない…面倒くさいわ」
“先輩”の言葉に天童が笑った。