第28章 片翼の鳥(4)
「天海は…あの子は、アンタが何を置いても自分を1番に選ぶことなんて求めたり望んだりしちゃいないよ。そんな女だったら別れ話を出してサヨナラしたオトコの試合なんざ観に行くか。“護ること”も然り、だ」
そんなこともわからない?
目が口ほどに物を言う。
俺は唇を引き結ぶ。
…わかっている。
もう1人の自分の、声なき声の回答。
天海は俺に自分本位な発言を、要求をしてこない――付き合っていた時も「会いたい」「会いに来て」と言ってきたことはない。俺の腕の中で「会いたかった」と言ったのも、確か、1度だけだ。
わかっている…本当は。
これは、俺の、自身への“言い訳”だ。
「あの子は我がままを言って好きな相手を困らせる子じゃない。逆だろ? アンタがバレーを続けることを誰よりも応援する。ねぇ、牛島クン。“これ”はさ、アンタにとって、アンタや天海の言うマイナスを補って余りあるプラス…って思わない?」
「若利くんさー」
ずっと傍観者だった天童が、するりと質問を差し込んでくる。
「ありさちゃんのこと、ずーっと好きなんデショ?」
質問…ではない。確認だ。
首を巡らせて見やれば、チーム屈指のゲスブロッカーの“名は体を表す”悟った視線。
気付かれていた。
己の不覚さを詰りつつ、どこか安堵に似た想いが胸の内を過ぎった。
「…あぁ、好きだ」
構えず、臆面もなく、答える。
天童は「知ってたよ」と、正月の時と同じ言葉、同じ笑み。
「気持ちの切り替え成功してない、忘れられてない…よね?」
「あぁ」
「別れて1ヶ月経つのに、まだメンタル面に影響を与えてる…こっちの方が若利くんにとってはマイナスじゃない?」
目からウロコが落ちた。
その通りだ。
起こりうるかわからないマイナス要素に頓着した結果、精神的安定性を欠く状態が常態化している――こちらの方が遥かにマイナスでは?
「若利」
場に溶け込むように沈黙を守っていた大平が、満を持して現れた雰囲気で口を開く。
「天海さんをバレーとの秤に掛けた、って言ってたよな」
大平の穏やかな口調が続き、俺はただ頷く。
「お前は天海さんよりもバレーを選んだと言ったが、重要なのはその“前”じゃないか? お前にとって、バレーと比べるほどの存在が…秤に乗せられる存在が現れたってことだと俺は思う」