第28章 片翼の鳥(4)
「突き指程度でバレーをやめるなどありえない」
「だよね。じゃあ、突き指しそうだからバレーをやめて…って言われたら?」
言い切って、“先輩”は胸を押す指に圧を加える。
俺はその手を掴んで外してから口を開く。
「答えなど決まっている」
1つしかない。
自らもバレーボール・プレイヤーである“先輩”がそんなわかりきったことを聞いてくる理由がまったくわからない。
「一蹴する。取り合う気にさえならない」
「突き指以外…たとえば、接触プレーで頭を打って死ぬかもしれない、だからやめて、って言われたらどうする?」
「接触プレーは、完全なアクシデントであることが多い。だが、稀に連携不足から起こる。まずは声出しで予防するところからか」
「…それで?」
「それで、とは?」
「やめるの? やめないの?」
今度は俺が大きく息を吐く。
「やめるわけがない。そんな事故はそうそう起きはしない」
“先輩”が、正解だと言うように、睨みながらも笑った。
「…どんな物事にだってマイナスの可能性は存在する。でも、それはあくまで可能性。バレーをやってりゃ突き指も捻挫もありえる。頭打って死ぬ可能性も」
俺は頷く。
当然だ。バレーはスポーツであり、スポーツに故障はつきものだ。怪我の大小、頻度の高低はあれども、ただ可能性だけを挙げるならば何も排すること能わない。
「…ねぇ、牛島クン。そこまでわかってて、なんで天海を“切った”の」
唐突に、“先輩”が天海の話へと舵を切りなおした。
舌鋒の鋭さは影もなく、不思議と、言い聞かせるような口調で。
「天海の言ってた『自分がマイナスになりうる』ってのは、この間の事件を――アンタを巻き込んだことを指してるんだろう? あんなこと、それこそそうそう起こりえないよ」
「…天海は、あの事件そのものを指してそう言ったわけではない」
憶測で物を言ったが、“先輩”は否定をせず、逆に核心を突いてきた。
「天海とアンタは、事件そのものよりも、アンタが手を上げようとしたことを恐れてるんだろ? それもわかってて言ってるんだ…そんなことは、そうそう、起こりえない」
「だが、無いとは言い切れない」
「そりゃそうだ。どんな事象も、絶対に起こりえないとは言い切れない。さっきの怪我の話と一緒だ。――でもね、確実に言えることは1つある」