第28章 片翼の鳥(4)
腹の底から湧き上がる感情をすべて込めて睨みつけるのだが、“先輩”は萎縮もせずに、逆に烈火のごとき眼差しでこちらを仰ぎ、やがて吐き捨てるように言った。
「…言い訳があるなら聞くよ」
凄みすら感じる口調には僅かな侮蔑。
俺は目を眇める。
言い訳?
そんなものはない。
釈明しなければならないことなど、俺には何ひとつない。
「俺は天海を弄んでなどいない。天海のことを暇つぶしと考えて抱いたことなど、未だかつて1度もない」
相手が“先輩”でなければ、馬鹿馬鹿しい、と吐き捨てていたかもしれない。
弄ぶ?
そんな、相手を愚弄することなどするものか。
そんなことに時間を費やそうとは思わない。
第一、天海と相対するとき、俺には余裕などない。
いつも知らぬ感情ばかりが溢れ、正しい答えがわからぬまま、冷静に判断もできずに欲望に流される。
触れていたい。
繋がっていたい。
そんなことばかり想う。
別れた今でも…渇望する。
「…牛島クン、アンタ、本当にタチ悪いわ」
事実を事実として告げると、“先輩”はそんな風に俺を評した。
それから、すぐ近くの瀬見や後ろの天童にも聞こえない声で、呟いた。
「悪者になることもできないとか…どんだけ“まっすぐ”なんだよ。ったく」
大きな舌打ちと共に苛烈な眼差しが僅かに緩む。
気のせいかとも思ったが、継いだ“先輩”の口調は先ほどよりも一段低く、落ち着いていた――どうやら彼女の怒りの波は少し引いたらしい。「天海から聞いたよ」とため息をこぼした唇が熱量を落とし、語り出す。
「自分がアンタにとってマイナスになると思う、だから別れてくれ…あの子、そんな馬鹿な話をしたんだって?」
「馬鹿な話?」
すぐに口を挟んだ。
天海の言動を罵られることに対する不快感は声にも顕れた。
しかしながら、“先輩”は俺が表したものなどまったくもって意に介さず、そればかりか「馬鹿な話だよ」と念を押してきた。
「馬鹿も馬鹿、呆れるほどの馬鹿だ」
断言して、彼女は俺の胸の中央を、トン、と人差し指で衝いては、おもむろに、質問を投げてきた。
「…牛島クン、アンタ、突き指したことある?」
急な話題転換。
突き指…?
俺は目を丸くしながら首を縦に振る。
「もちろん、あるが…?」
「そん時さ、バレー辞めようと思った?」