第28章 片翼の鳥(4)
予断を排すため、意識的に、脳内に浮かんだ複数の推測を無に帰す。
“先輩”は、
「単刀直入だねぇ」
と言っただけで俺がもたらした雑談の急な終焉を受け入れ、自らもソファへ腰を落ち着けた。
「私も、回りくどい話ってのは好きじゃない。だから、単刀直入に行くけどさ――牛島クン、アンタは私が言った言葉…天海の辛そうな姿はもう見たくない、っての、覚えてる?」
肩幅よりも少し足を開き、膝頭の上に肘を置いて、やや前のめり気味の体勢で“先輩”が質問をぶつけて来た。
顔は笑んでいる。
だが、その笑みは薄っぺらい。作られたものだと完全にわかる。目が1ミリも笑っていないのだ。
この手の表情で見据えられるのには慣れている。たとえば試合中、ネット越しに臨む及川がよく見せる表情だ。
だから俺自身は平然としていたのだが、傍からは俺が“先輩”の変化にまったく気付いていないように見えたようだ。
いつの間にか斜め後ろにやってきていた天童が、ソファの背もたれ部分で頬杖をつくと「若利くん、めっちゃ怒ってるよ」と相当に抑えた声量で耳打ちしてきた。
「答えは? 牛島クン。覚えてる? 覚えてない?」
「覚えている」
「OK。じゃあ、歯を食いしばってくれる?」
トス上げてくれる? …というのと同じ気軽さで“先輩”は言い、腰を浮かせると俺との間にあるガラスのテーブルに左手をついて――逆側、右の掌で、いきなり俺の頰を張った。
「えっ」
「ちょっ…」
「若利!」
居合わせた3人の動じた声。
それが耳に届いてから、俺の頰が熱くなり、自分に起こった出来事を認識する。
…最初に沸き起こった感情は「なぜ」という疑問だ。
女に頰を叩かれたことなどない。
意味がわからずに視線を“先輩”に戻せば、面に貼り付けていた形ばかりの笑みを消した真顔の“先輩”が冷淡に語る。
「今のはね、天海を散々弄んで泣かせた報復だよ」
「…弄んだ?」
「あの子、どうだった? 春高までの数ヶ月間、バレーの合間の暇つぶしには最適な身体だった?」
カッと頭に血が上った。
彼女が発したどの単語がトリガーだったのかはわからない。深く考える間もなく立ち上がっていた。
「おやおや、怖いね。牛島クン」
“先輩”はテーブルについた手を離し、背を伸ばすと怯むことなく俺を睨め上げてきた。
俺は睨み返し――眼光だけでやり合う。