第28章 片翼の鳥(4)
入室した俺とソファに座っている“先輩”、その直線上に立っていた瀬見がこちらを振り向きつつ1歩下がった。
瀬見のその動きに連動するように“先輩”は立ち上がる。
すらりとした体躯は、今日はグレーのタートルネックに濃紺のスラックスと、やや形式ばった衣服に包まれていた。高めの上背ゆえか、この人は男物のスーツが似合うだろう、などと思わせる。
「いきなり押しかけて悪いね」
女性にしては少し低めの中音が、実に体育会系らしい、小ざっぱりとした詫びの言葉を紡いだ。
俺が反射に近しい感覚で「いえ」と答えると、“先輩”は笑んで「そう言ってくれることを期待してた」と悪びれもせずに言った。
「とりあえず、そんなところに突っ立ってないでこっち来て座りなよ。客である私が言うのも何だけど」
助言は柔らかではあるが強制力を備えている。
俺は反発もせずに“先輩”の元へ赴いた。
…彼女が、なぜここにいるのか――何をしにここに来たのか。
当然の疑問が降って湧き、1つの答えが思い浮かぶ。
(…天海に、何かあったのか?)
首筋、刈り上げた襟足の辺りが逆撫でされたように、ぞわりとした。
「――あ、天童クン」
開放されたままの扉から天童と大平も入って来た。
「どーも」と親しげに答える天童とは対照的に、大平は「こんにちは」と折り目正しく挨拶をし、扉に掛けられたプレートを「来客中」に変えてからその扉を閉める。
「天童クン、私に嘘ついたね?」
「え、嘘って?」
「瀬見クン、虫と話せないって言ってるよ」
「当たり前じゃないっスか。大体、その話のどこをどう取ったら本当の話だってなるんですか」
呆れ半分の瀬見に、“先輩”が朗らかに笑う。
弾むような声音。このやりとりを心底楽しんでいる様子だ。
「だって、苗字の語源、昆虫の『蝉』なんでしょ?」
「…おい、天童」
「割と説得力ある話だと英太くんも思った?」
「思わねーよ! つーか、わかりにくいネタの絡ませ方すんなよ!」
「えっ、わかりにくい?」
「で、本当のところはどうなの」
「どう、って、常識的に考えろ……です」
勢い余った怒声を無理矢理に丁寧な物言いへと軌道修正した瀬見に、“先輩”と天童、それから大平も、笑声で応えた。
その輪に加わらずに俺は、ソファに腰を下ろして流れを切ることも厭わずに尋ねた。
「面会の目的は?」