第28章 片翼の鳥(4)
1月下旬の水曜日。
平日の午後の昼下がりとしては珍しい単語を天童が口にした。
寮の階段を大平と話しながら降りていた時のことだ。
「客…?」
俺は大平を見やって「知っているか?」と目で問う。
対して、大平は首を横に振った。まったく心当たりはない、と目でも語る。
俺も大平も知らないとなれば、天童の言う「客」とは学校側とは無関係な部類だろう。
そもそも、今日という日が全運動部揃って休養日なのは白鳥沢の高等部入試試験が理由であり、対外的に忙しいこの日に学校側が何か予定を入れて来るわけはない。
俺個人は、来客は無論のこと外出予定もない。
客とやらに心当たりのまったくない、珍客のようだ。
「予約無しの面会はできない。追い返せ、天童」
時々、俺に会いたいと寮に訪ねてくる輩がいる。素性もわからない相手には先輩から渡されたマニュアルどおりの対応だ。
そんなことは天童もわかっているはずだが、と奇妙に感じながら言えば、天童は笑った。
「面会予約が入ってるから若利くん呼びに来たんだって」
俺は階段を降りる足を止めた。
「…俺は面会の予約など入れた覚えはない」
「うん、知ってるよん。若利くんの予定が入ってないのを確認したから入れた」
意味がわからずに押し黙る。
一拍置き、ようやく声を発した。
「どういうことだ」
「若利くんの面会予約、入れたの俺」
「…説明しろ、天童」
「あ、やっぱ怒った。だから言ったじゃん、獅音」
飄々と話す天童の最後の台詞に、俺は衝撃を受けて大平を見やった。
最下段、天童の横に立ってから俺の方へ向き直った両輪の一方は、俺が自然に込めた威圧感などどこ吹く風の態で話し出す。
「ちょうどお前がいない時に連絡が来て、な。昨日の今日だったっていうのもあって――」
「相手は誰だ」
淡々と話す大平の言を躊躇なく断ち切り、俺は最も重要なことを質した。
「客」とは。
胸がざわつく。
息苦しい――呼吸が上手くできていないことに気付き、眉根を寄せる。
問いかけに2人は何も言わない。
胸の内に浮かんだ1つの答え…そんなはずはない、と打ち消す言葉と共に、俺は階段を降りて談話室へ飛び込んだ。
中にいたのは…小綺麗な男性だった。
「あ、来た。久しぶり、牛島クン」
…男性ではなかった。
男のような形をしているが歴とした女性――天海の“先輩”だ。