第27章 片翼の鳥(3)
「待ってください、牛島さん!」
天海の“後輩”は大声で俺を呼ぶ。
周囲が何事かと俺を見た。
好奇心と警戒心と――四方から向けられる視線の矢。俺が“誰”であるのか理解した上で投げられるものもある。
それら無遠慮な声なき声を薙ぎ払うように一瞥。その間も決して足は止めず、俺は“後輩”を置き去る。
“振り返らないでね”
まだ褪せない声の、約束どおりに。
「若利」
急ぎ足で俺の隣までやって来た大平が呼びかけて来た。
何だ、と言いかけて、それを寸でのところで止めた。――大平に誘われてここまで来たというのに、戻ることに関して俺の一存ですべてを決め、実行に移している。
何だと言いたいのは大平の方だろう。
俺は、大平を直視して「すまん」と詫びた。
「いいのか、若利?」
「あぁ。これ以上の話は無意味だ」
「そうじゃなくて…天海さんに会わなくていいのか?」
「…問題ない」
「問題はないのかもしれないが――会いたいんだろう?」
目を丸くしてした。
そして、それが自分でもわかった。
大平が俺の動揺を
「顔に出ていたからな、一瞬だけ」
と、予定調和だとでも言いたげに話す。
それから、年上年下関係なしに人望を集めるこのチームメイトは「別に責めているわけじゃないさ」とも。
「俺のスタンスは変わらんよ…若利、お前が決めたことに口を出すつもりはない。ただ…」
「ただ…?」
誘い水のような言葉尻に惹かれておうむ返しに尋ね聞く。
大平が首肯した後、ゆっくりと話し出す。
「俺は…お前が天海さんと別れる必要はなかったんじゃないかと思ってる」
「大平…」
「お前のことだ、別れたことを、天海さんと出会う前に戻っただけだ、とか、そんな風に思ってるんじゃないか」
的中。
大平が的の真ん中を捉える。
言葉を投げた本人は、笑った。
「本気でそう思ってるようなら…自己分析が足りないな」
「若利くーん、獅音ー、ダッシュー!」
天童の声が飛んでくる。
俺が言い返す前に「急ぐか」と大平は小走りに駆け出した。
俺は、言われたばかりの言葉を口中で繰り返した。
「自己分析…」
――この後、俺たちは準々決勝に挑んだ。
セットカウント2対1。
最後は数度のデュースで粘りはしたが、俺たちは負けた。
春高ベスト8。
壁に阻まれ、俺たちの2年目の春高が終わった。