第27章 片翼の鳥(3)
心臓が大きく脈打った。
(天海が…ここに、いる…)
それは“わかっていた”ことだ。
一昨日、大平に言ったように、俺は天海がここに、この会場に足を運び、俺を、俺の一挙手一投足を、どこからか観ている、そのことを絶対的に信じていた。
疑いようもなく、信じていた。
信じていたはずだが――与えられた裏付けに、不思議と胸の内が満たされて行くのを感じた。
「そうか…天海が来ているのか…」
俺の独白に、天海の“後輩”が運動部顔負けの音量と勢いで「はい!」と返事をする。
「観客席にいます。私、会長を連れて来ますので、会ってください。もちろん、いまじゃなくて、試合後で結構です」
俺は目を細めて“後輩”を注視した。
僅かに震えた彼女へと口を開けば、思いの外しっかりとした、硬い声が出た。
「それはできない」
「ど、どうしてですか⁉︎」
「会う理由がない。俺と天海は別れた」
さよなら。
彼女が告げた短い言葉は、まだ記憶の1番手前、風化から最も遠いところに在る。
天海の“後輩”は眼鏡の奥の瞳を歪めた。
「聞いてます、会長ご本人から」
「ならば…」
「会う理由は“それ”です、別れたことが理由です。もう1度、会って話をしてください」
「天海がそう言っていたのか?」
迫る熱量に流されず、俺は問う。
いいえ、と“後輩”は早口に言った。
「会長は『会って話をしたい』なんて…『会いたい』なんて一言も言ってません」
言葉尻がしぼみ、震えた。
見下ろせば、“後輩”の頰に伝い落ちるものがあった。
「会長は…『会いたい』なんて言いません。絶対に言いません。出した結論が誤りだったとしてもそれを悔いたりはしません…そういう人だって知ってますよね? そんなこと、会長は絶対に言わない…言わないけど…でも、あの人、泣いていたんです」
虚を衝かれ、胸が抉られた。
“ありさちゃん…泣いた?”
あの日の天童の質問。
俺は何と答えただろうか。
思い出せないが、天童が最後に言ったことは覚えている。
“強さ”の呪縛――。
(俺の知らないところで泣いたのか、天海)
あの駐車場で、腕の中で泣いていた様子を思い出す。
俺は唇を噛んだ。
沸き起こる感情を抑える。
それはもう不要な…忘れなければならないものだ。