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【HQ/R18】二月の恋のうた

第27章 片翼の鳥(3)


心臓が大きく脈打った。

(天海が…ここに、いる…)

それは“わかっていた”ことだ。

一昨日、大平に言ったように、俺は天海がここに、この会場に足を運び、俺を、俺の一挙手一投足を、どこからか観ている、そのことを絶対的に信じていた。
疑いようもなく、信じていた。

信じていたはずだが――与えられた裏付けに、不思議と胸の内が満たされて行くのを感じた。

「そうか…天海が来ているのか…」

俺の独白に、天海の“後輩”が運動部顔負けの音量と勢いで「はい!」と返事をする。

「観客席にいます。私、会長を連れて来ますので、会ってください。もちろん、いまじゃなくて、試合後で結構です」

俺は目を細めて“後輩”を注視した。
僅かに震えた彼女へと口を開けば、思いの外しっかりとした、硬い声が出た。

「それはできない」
「ど、どうしてですか⁉︎」
「会う理由がない。俺と天海は別れた」

さよなら。
彼女が告げた短い言葉は、まだ記憶の1番手前、風化から最も遠いところに在る。

天海の“後輩”は眼鏡の奥の瞳を歪めた。

「聞いてます、会長ご本人から」
「ならば…」
「会う理由は“それ”です、別れたことが理由です。もう1度、会って話をしてください」
「天海がそう言っていたのか?」

迫る熱量に流されず、俺は問う。
いいえ、と“後輩”は早口に言った。

「会長は『会って話をしたい』なんて…『会いたい』なんて一言も言ってません」

言葉尻がしぼみ、震えた。
見下ろせば、“後輩”の頰に伝い落ちるものがあった。

「会長は…『会いたい』なんて言いません。絶対に言いません。出した結論が誤りだったとしてもそれを悔いたりはしません…そういう人だって知ってますよね? そんなこと、会長は絶対に言わない…言わないけど…でも、あの人、泣いていたんです」

虚を衝かれ、胸が抉られた。

“ありさちゃん…泣いた?”

あの日の天童の質問。
俺は何と答えただろうか。
思い出せないが、天童が最後に言ったことは覚えている。

“強さ”の呪縛――。

(俺の知らないところで泣いたのか、天海)

あの駐車場で、腕の中で泣いていた様子を思い出す。
俺は唇を噛んだ。
沸き起こる感情を抑える。
それはもう不要な…忘れなければならないものだ。
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