第27章 片翼の鳥(3)
歩き始めてすぐに、大平は午前中に行われた3回戦について話し出した。
「さっきの終盤…どう思ったんだ、若利は」
俺は歩みを止めずに大平に尋ね返す。
「どう、とは?」
「何か言いたそうな顔をしていたからな」
目を眇めて大平を見つめた。
入学当初の天童が「人が良さそう」と評し、その第一印象どおりで居続けている大平は、普段と変わらぬ表情だ。
殊更に何かを追求するような意図も意思もないことを目視で確認して、俺は真正面に向き直ってから口を開く。
「…何か言いたそうにしていたか」
「気のせいだったか?」
「いや。…顔に出ていたか」
「一瞬、な。ちょうど相手のミドルに視線が行く場面だったからな、俺以外は見てないと思うよ」
その受け答えに、俺は勘付く――たぶん大平はこの会話をするために俺をトイレへ誘ったのだろう。
そこまでして場を整えられたなら、と俺は口火を切る。
「…白布は優秀なセッターだと理解している」
「あぁ、そうだな」
「だが、さっきのように、第3セットまでもつれ込むとトスの精度が下がる。スタミナ不足は否めない」
試合後に行われたミーティングを思い起こしながら、言う。
第3セット、デュースに次ぐデュースにもつれ込んだ末の辛勝。
ブロックの遅れ、レシーブミス、そういった複数の要因が指摘されたが…白布のミスに拠るところも大きいと俺は睨んでいる。
それもあっての、次戦“セッター瀬見”だろうとも。
「1年はスタミナが足りない」
「全体的に細い体質、ってのはあるんじゃないか」
「それは承知している。だが――」
話している最中、言葉を飲んだ。
言葉を忘れた、というのが正確か。
…違う、正確を期すならば「すべてを忘れた」。俺は歩みすらも止めていたのだから。
「若利?」
大平の声は耳に届いている。
それでも、意識は別へと向いている。
ゆっくりと振り向き、通り過ぎた2人組の女性の背を追う。
揺れる長い黒髪。
垣間見えた横顔は――知らない女のもの。
よく見れば“違う”とわかる。
記憶の中で風に踊る髪は、もっと艶やかで、もっと深い黒。
それに…髪を切ったとも聞いた。
いまはあれほど長くはないはずだ。
「…何でもない」
深く息を吐く。
胸に浮かんだ落胆の種類を問わず、俺は会話を戻そうと努める。
その瞬間に、声を掛けられた。
「あの…牛島さん、ですか?」