第26章 片翼の鳥(2)
「…あー、まぁ…」
こめかみを掻きながら、木兎がしどろもどろな口調で話し始めた。
「俺たち、バレーが1番だからな!」
「あぁ、俺もそう考えている」
「元気出せよ!」
「特に不調なところはないが…?」
切り返すと、横から再度のため息。
俺は思わず白布を見やった。
白布は俺と目を合わせず、気まずそうにしている。こういう時の挙動は瀬見と同じだな、と、性質がかなり異なっている2人のセッターの思いがけない共通項を見た気がした。
「木兎さん、佐久早さん、どこかに行かれたようですよ」
滑り込むように、何の違和感もなく赤葦が口を挟んだ。
「――はぁっ⁉︎ 佐久早ぁー!」
ハッとして木兎が辺りを見回し始める。
忙しなさと喧しさ、その両方が戻ってきた。
それは忘れかけていた時間を意識させ、俺は「白布、行くぞ」と声を掛けてチームに戻ることを告げた。
「…っと、牛若!」
去りかけに、木兎が呼びかけてくる。
一旦向けていた背を翻し、俺は「なんだ」と先を促した。
「お前の元カノ…さん、余計なお世話かもしれねーけど、もう会場来てっぞ」
木兎の放った言葉の矢が刺さった。
心臓が高く響いたのが、その証左。
「髪、肩より少し長いくらいになってたけど、美人だから目立ってたぜー。いいとこ見せればヨリ戻せるかもしんねーよ」
告げられた言葉が浸透してくる。
肩よりも少し長いくらい。
…あの流れるような黒髪を切ったのだろうか。
華奢な肩を滑り落ちる長い黒髪。
白いシーツに広がる艶やかな黒髪。
手に取り口付けた黒髪――あぁ、だから切ったのか、と俺は得心する。
(…天海、お前はもう前へ進み始めたのか)
木兎の目撃証言がどこまで本当なのか。
天童や瀬見ならまだしも、見間違いということもあるだろう。どちらかといえばその可能性が高いとも思える。
だが、大平に言ったように…俺は、天海がここに来ることを予感し、そして、確信している。
(お前は、この会場のどこかにいる…俺を見に)
「木兎」
俺は改めて木兎を呼んだ。
「ん?」
「コートで待っている」
緊迫感の欠片もなかった表情が引き締まり、荒々しい眼差しが挑発的な笑みを伴って俺へ向けられる。
「…やっぱ宣戦布告じゃねーか」
ここに天童がいたならば俺は言っていたかもしれない…闘志がみなぎってきた、と。