第26章 片翼の鳥(2)
正月三が日。
その最終日、「お正月を故郷で過ごした家族連れ」のUターンラッシュが始まる前に俺たち白鳥沢学園男子バレー部は東京へと移動した。
「英太くん、春高って昔は春休みにやってたって知ってた?」
「だから“春”高って言うんだろ。それ去年聞いた、天童」
新幹線の座席を確認しながら天童と瀬見がそんな会話をしている。
昨日は結構遅めの時間帯まで寮の談話室にいたらしいが、ざっと見る分には2人ともいつもとさして変わらない。
とはいえ、列車が動き出したらまた違った様相を見せる可能性はある。
以前の上京の際も、天童と瀬見は白河の関を越えた辺りで示し合わせたかのように眠っていたのだった。
(まだ1ヶ月前の話か)
荷物棚の上にスポーツバッグを押し込み、俺は彼らと東京へ赴いた時のことを思い起こす。
当然の帰結として、天海のことも。
(…簡単には忘れられないものだな…)
他人事のように論じ、予想以上に引きずっている自分に「弱いな」と鋭利な刃を突きつけた。
――強くあらねばならない。俺は。
天海は俺に言ったのだ。
俺を見ている、と。
この先もずっと。
俺のバレーを、俺の行く先を見ている、と。
俺は天海に言ったのだ。
お前は俺の標だ、と。
この先もずっと。
お前の前を、俺は歩き続ける、と。
彼女は振り返るなと俺に命じた。
立ち止まることは許されない。
胸を張り背を伸ばし前へ進むことしか許されない。
選んだのだから――天海が。俺が。
俺にとって進むべき道を。
最良の…いや違う、唯一の、選択肢を。
その選択が正しいことを証明するために、まずはこの春高で結果を出す。
記憶も、感情も、結果がすべてを上書きするはずだ。
「若利」
呼びかけと同時に肩を叩かれた。
我に返って振り向くと、大平が気遣わしげな表情で俺を見ていた。
広く部員に気を配る大平は、初詣以来、どうも俺のメンタル面を心配しているようだ。
「大丈夫だ、問題ない」
問われる前に言葉を投げる。
それから、「窓際の席をいいだろうか?」といつもどおりだと言う代わりに確認を取る。
「別に構わんよ…若利」
「なんだ?」
「…天海さん、観に来るといいな」
胸の奥で、さざ波。
だが、大平の気負わぬ視線に、俺も気負わずに答えていた。
「俺を観に来ないわけがない」