第25章 片翼の鳥(1)
たどり着いた手水舎――ちょうずや、だそうだ――で、順に、凍るような冷たさをもって穢れを払い、家族連れについて賽銭箱までの列に適当に並ぶ。
隣に来た瀬見は1列前の添川に「こういう時って15円か?」と細かいことを尋ねていた。
その添川の横では山形と天童が雑談中だ。
「隼人くん、なにお願いするの?」
「そりゃあ、こんな大会直前に来てんだから春高のことに決まってんだろう…お前、違うのかよ」
「これ、初詣だよ? 1年のことをお願いするべきデショー」
「あー、そういう考え方もあっか」
珍しく天童の言に山形が納得していると、列が進み、1歩、2歩と、空いたスペースの分だけ前に詰めた天童が首を巡らせ俺を見る。
「若利くんは何をお願いするの?」
今の天童たちの会話、それから先ほどの白布の質問。
聞きたいことは1つかと“読んで”口を開く。
「必勝祈願はしない」
「うん、若利くんはしないって思ってた。…で、何をお願いするの?」
それは、昔から決まっている。
「無病息災」
「…厄除け祈願?」
「若利らしさしかねーな」
「期待を裏切らない安定さだな」
各々が口々に好き勝手言う中、大平だけが
「健康は大事だしな」
と独り言で同意してくれた。
2年が代わる代わる何かしら言葉を発しているうちに再び前方との間が空き、それに気付いた瀬見に促される形で前列の天童と山形、添川が進む。
彼らの行動に倣って列を詰めた上で、俺は人に聞いてばかりの天童へとたまには自ら水を向けてみた。
「天童、お前は何を願う?」
間髪入れずに答えが返ってくる。
そう思っていたが予想に反して数秒間沈黙があった。
「…俺が気持ち良くバレーできますように」
俺たちの会話を当然聞いていた山形が、今度は天童に対して「お前の答えも“らしさ”しかねーな」と明朗な笑声を上げた。
「ところで、若利くん」
賽銭の金属的な音が耳に着くほどになってきた頃、ともすればその音に掻き消されてしまいそうな大きさで天童が声を掛けてきた。
前を向いたままの天童に目線で先を促すことはできず、「何だ?」と短く返した。
「縁結びとかお願いしないの?」
隣の瀬見が息を呑んだ気配がした。
俺は、天童の後頭部を見つめ、瞼を伏せるように視線を落とす。
一瞬過ぎった、美しい漆黒の髪。
「…縁結びなどに興味はない」
声に、賽銭と鈴の音が重なる。