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【HQ/R18】二月の恋のうた

第25章 片翼の鳥(1)


大きな神社は当たり前のように混んでいるが、小さな神社も小さな神社なりに混んでいる――それが正月というものなのだろう。

「ここにこんなに参拝客がいるの、初めて見たかも」

右手を額に水平に、まるで帽子の鍔のように当てて、辺りを見回しながら天童が感嘆の声を上げる。
「こら」と添川が天童の背を軽くはたいた。

「そういう失礼なこと言うな」
「小さくともこの辺に住んでる人にとっちゃー、氏神様ってヤツだしな」

両手をジャージのポケットに突っ込んだ山形が言う。

「あ、社務所開いてる。おみくじ引こうよ、英太くん!」
「その前にお参りだろう」
「まずは、アレだ、アレ。あの、手ぇ洗うヤツだろ!」
「『ちょうず』です、山形さん」

賑々しく話している天童たちの斜め後ろ、ついてきた白布が説明する。
俺は生真面目な顔をしている1年の正セッターを見た。と、目が合った白布は、困惑と動揺をない交ぜにした顔をする。

「…何でしょうか、牛島さん…」
「『ちょうず』とはどう書くのかと気になっただけだ」
「手に水だよ、若利」

白布と川西の向こう側、大平が簡潔に答えを提示してくれた。

「手と水で『ちょうず』……『てみず』ではないのか」
「『てみず』とも読むな」
「中学の国語テストとかに出そうですね」
「あ、俺、中学の時に国語のテストで入水を『にゅうすい』って書きました」
「…にゅうすい?」
「若利は一生知らなくても良さそうな単語だな」
「大平さん、ほとんどの人が一生関わり合わない単語だと思います」

頷く川西を含め、俺以外がわかり合っているやりとり。

そんな状態で話を終わらせるのはどこか腑に落ちないというか釈然としない。どんな意味なのかと問おうとしたが、それよりも先に、手水の場所にいる天童が通る声で俺たちを呼んだ。

「なーにやってんのー、早くー!」

周囲の視線が一瞬だけ俺たちへと集まり、すぐに散った。
一見して白鳥沢の寮生だとわかった人もいたようだ。寮近くという条件下でジャージ姿だ。背中の校名を見ずとも看板を背負って歩いているようなものかもしれない。

ゆっくりと歩き出したところで、隣に並んだ白布が声を掛けてきた。

「牛島さん」
「なんだ?」
「必勝祈願とかしたことありますか?」

――意表を突いた質問だった。

だが、即答はできた。

「ない」

だと思いました、と白布も即答だった。
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