第4章 夏の思い出(3)
白い半袖ブラウス、ノーネクタイ、緑のスカート。
髪は今日も高く結っている。
(…この方が似合うな)
言葉に出さない胸の内での感想。
「どうしたの?」
彼女は砕けた口調で尋ねてきた。
俺が「天海」と呼んだことで、昨日、2人の間にあった空気感を思い出したのかもしれない。
理由はどうであれ話しやすい。
…話しやすくなったことが一体何だというのか、そこは自分でもわからないのだが。
「もうすぐ試合じゃないの?」
天海は俺にそう尋ね、次いで後ろを振り向いて「先に行ってて」と告げる。
よく見ると彼女の後ろに別の女性がいた。同じ制服だが後輩だろうか、折り目正しい返事をし、俺たちの横を通り過ぎていくときに目礼をしていく。
「ね、試合じゃないの?」
ほんの数歩だが距離を縮めて、天海が話しかけてきた。
俺は、部活ではありえない角度――低位置へと視線を落として答える。
「いや、まだだ。前の試合が長引いてる」
「そう…。じゃあ、どうしてここに?」
「…俺にもよくわからない」
「…よくわからない?」
「あぁ」
言いながら、自分でも何を言っているのだろうかと強く思う。
彼女も、戸惑った様子で「そっか…」と一言挟んで、くすっと笑った。
「…牛島くんって、面白いね」
そう評してから、彼女は改めて試合のことを口にした。
「ベスト8、おめでとう。白鳥沢、強いね」
「あぁ。そっ――」
そっちは、と言いかけて、止める。
天童が言っていた…負けたのだと。
彼女は、俺が不自然に口を噤んだ理由を即座に察した。
「うん…うちは、さっき負けちゃった」
苦笑い。
その目を見つめていると、僅かに赤くなっていることにようやく気付いた。
(…泣いたのか…)
選手でもないのに…試合1つでそんなに感情を揺さぶられるものだろうか。
自分が試合に負けて泣いた記憶がないからか、俺は彼女を不思議に思う。
彼女は、見つめられることで気恥ずかしくなったようで、つと、視線を外した。
「第2シード、強かったよ」
「噂には聞いている」
「そっか…そうだよね。うん。――牛島くん」
改めてこちらを向いた天海が俺を呼ぶ。
涼やかな声。
落ち着く、他の雑音に埋もれない声。
「えっと…優勝、して下さい」
耳に心地良い声で、彼女は最大級の「お願い」を言ってきた。